サイアスの千日物語 百三十七日目 その六
驚異的な活躍を以て出鱈目なまでに勲功を稼ぐ
その反面、欠片も経済感覚を有さず勲功を湯水
の如くジャブジャブと消費するそのために。
兵団長サイアスの勲功はお小遣い制であった。
一度あたりの使用限度額は家中を切り盛りする
第二夫人なロイエによって1万点と定められ、
随時補充という形式を採っていた。
二戦隊の縄張る内郭南東区画に在る
二戦隊副長ファーレンハイトの営む
小料理屋「風廉亭」にて
「黒ヒゲ危機一髪なヤツください」
と詳細を省いて頼み込み、何だ何だと笑う
亭主へと特級の酒と肴の御代としていきなり
お小遣い全額を。その実平原兵士50名分の
年給に相当する額を差し出したあたり、
ロイエの採用したこのシステムは間違いなく
正しいものだと言えた。
とまれこれにて直属上司とのわだかまりを
完全に雲散霧消せしめたサイアスは、皆と
揃って和やかなムードのまま天守の内部へと。
奥の昇降機を経て1階層上り、広く北東に
面し張り出す形で設けられた「閲兵の間」へと
取次ぎの兵らに案内された。
「閲兵の間」は言わば典型的なバルコニー。
城主オッピドゥス的には2階のベランダだ。
但しオッピドゥスの背丈は常人の2倍を優に
超えるため、ベランダは最早ベランダとは
呼び難く「閲兵の間」とするのが適当だ。
北東寄りに急遽備え付けられたらしき、或いは
劇場の貴賓席といった一画は、天守の北に
拡がる城砦二の丸の全景を一望にする実に
見晴らしの良いもので、その中央にドカリと
胡坐なオッピドゥスが待っていた。
「おぅ、やっと来たか!
門前で家主そっちのけで盛り上がるとは
相変わらず酷いやつらだな」
とオッピドゥスはニタニタと。
「まぁそう言うな。
飛びきりの手土産もあるぞ」
とチェルニーはドヤ顔でベオルクを見やり、
ベオルクはそれ以上のドヤ顔で秘蔵の酒と
極上の肴を示し、城内の兵に手渡した。
「おぅおぅ、そいつを
待ち侘びてたんだ。ガハハ!」
と一層の上機嫌で来客に席を勧め、
こぞってさながら宴席な仕儀となった。
「おぃおぃオッピ
『模擬戦の監督』じゃなかったのか?」
と笑うチェルニー。
「勿論そうだぞ。
ここから『模擬戦』を督戦しつつ
こちらとしては一杯やる。何も問題はない」
オッピドゥスは悪びれずそう告げた。
「ちなみに『模擬戦』というのはだな。
言わば外聞を憚った秘匿名だ。
実のところは単なるお祭りだ。真の名を
『筋肉舞踏祭』という。
今年は兵が多量に生き延びたんで余力がある。
なら日頃の成果を発揮し戦死者の追悼も兼ね、
さらに憂さ晴らしで一つ派手に騒ぐか、と
いうのが真意だが、それじゃ支城や他戦隊の
手前宜しくない上参謀部に睨まれちまうだろ?
なので『模擬戦』で『督戦』なんだよ。
そこんとこよろしくな! ガッハハハハ!!」
どうやらそういう事であった。
謹厳実直、上から下まで真面目で無駄のない
優等生集団の親玉から飛び出したお祭り宣言に
来賓と供回りが大いに呆れ、すぐに吹っ切れ
はっちゃけモードになった頃。
閲兵の間の北、眼下には第一戦隊戦闘員のうち
中央城砦に残存する騎士、最精鋭の精兵から
未だ訓練課程にある見習いまでの全兵士。
さらに手空きな非戦闘員ら。総勢500余が
一挙集結し一堂に整列していた。
第一戦隊戦闘員は男女を問わず、予備隊を
除けば皆膂力15に体力15。大抵体格も
15に迫る。非戦闘員ですら非戦闘員である
ことに首を傾げるような筋骨隆々たる者も
少なくなく、それらが一糸乱れず居並ぶ
その様は実に壮観なものであった。
その実お祭りであると聞かされてはいても
そこは一戦隊。騒いでよしと命じられる
までは、しわぶき一つあげはしない。
オッピドゥスは眼下の様子を満足気に眺め、
頃合と見て大きく息を吸い込んで、閲兵の間
に座す一同は一斉に耳を塞いだ。
「謹厳無比、精強無比なる我が同胞、
第一戦隊の勇士らに告ぐッッ!!」
耳を塞いでなおクラクラする大声は
大気を圧して響き渡り眼下の兵らに降り注いだ。
「人と魔、眷族の区別なく
荒野のこの地で戦い死した
全ての命のために祈ろう。
黙祷ッッ!!」
その場の全てがこれに応じ、
暫しの静寂が訪れた。
「よぅし!
後は騒いでよし!!
まずは総員杯を取れぃ!!」
一気に500余の声が満ち、各自
賑やかに用意された杯を手に取った。
もっともこれから「模擬戦」に臨む
500余の杯を満たすのは酒ではない。
荒野では酒よりむしろ遥かに高額な
筋肉疲労に効能ありと謳われる絞りたて
果汁100%グレープフルーツジュースであった。
「うむ! では……」
オッピドゥスは子供の胴程もある
特大のマイ杯を掲げた。ちなみに
こちらは酒である。
「乾杯ッッ!!」
下方より乾杯を返ずる大音声が起こり、
見下ろすオッピドゥスも総員も
揃って空いた手を腰に。
杯持つその手を大きく掲げ
顔を掲げてグビグビと飲み干し、
プハァ、とすっぱそうな顔をした。
「よぅし!! ではこれより
『筋肉舞踏祭』を開始するッッ!!」
酒も入りすっかり上機嫌のオッピドゥスは
最早外聞を憚ることなくそう大呼した。
ゥ応ッッッ!!!!!
500余もまた大音声で応じた。
こうして秘匿作戦名「模擬戦」。
その実「筋肉舞踏祭」が始まった。




