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サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
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サイアスの千日物語 百三十七日目 その三

サイアスらが四戦隊営舎の詰め所に至った折、

丁度ベオルクとデレクが話し込んでいた。

二人は二日振りに見掛けるサイアスに手招きを。


「おース。今日はまた

 随分変わった組み合わせだなー」


デレクは常と特に変わらぬ

間延びした調子でそう告げた。



「おはよう御座います、副長、デレク様。

 確かにそうですね。班陣形の訓練にも

 都合の良さそうな具合です。


 今日はオッピ城へ出向きます。何でも

 一戦隊が模擬戦をおこなうとかで、

 督戦に呼ばれました」



サイアスは会釈してそう告げ、

配下らは両騎士に敬礼した。


「ほー、督戦…… てか模擬戦なー」


デレクはベオルクの顔色をうかがった。


「相変わらず悪そうな顔してるわ。

 これ何か知ってるなー」


デレクはニタリとそう言った。

ベオルクはこれをジロリと見据え



「何だデレク。走り込みが足らんのか」


「滅相もない。ここはひとつ

 このかわはぎの残りで」


「ふむ、まぁ見逃してやらんでもない」



デレクの差し出した薄手の干物を

むしゃりと喰らって暫し堪能し


「模擬戦には後ほどワシも出向くぞ。

 剣聖閣下も来られるそうだ」


とサイアスに。



「ほー、随分と大掛かりなもののようですね」


「そのようだな。

 資材部との連携がどうとは言っていた。

 まぁワシや閣下にも督戦をとの文面で

 来ておる。恐らく揃って来賓らいひん扱いだろう。

 肩肘張らず楽しむが良い」


「ふむ、そうですか」



ベオルクは返じるサイアスの

返じぬ意図を察したものか、


「まぁ滅多な事は起こらぬよ。

 ワシや閣下の前では特にな」


と腰に佩く魔剣フルーレティの

柄頭ポメルを軽く押さえてみせた。


「むしろ滅多な事起こす側だなーこれ」


デレクは再びジロリと見やる

ベオルクから逃げるようにして


「岩場ってきまーす」


と配下の騎兵衆と連れだって

笑いながら営舎を発った。





「岩場…… 西手の岩場ですか?」


城外西手、回廊と呼ばれる平地を挟んで

遠からず在り西に遠く拡がる岩場の事であれば

騎兵では流石に厳しかろうに、とサイアスは

ベオルクに問うてみた。



「今日は連中は歩兵だ。

 営舎の西手に建てていた四戦隊うち専用の

 馬場と厩舎きゅうしゃが仕上がったそうでな。

 人馬共々今日は引越しで忙しいらしい」


「おー」



外郭の馬場や厩舎が内郭に移ればいつでも

気軽に馬たちに会える。サイアスとしては

大層喜ばしいことに思われた。



「わざわざ馬場と厩舎をこちらに移すのは

 四戦隊の騎兵色を深めよとの示唆でもある。


 一戦隊は盾、二戦隊は矛。

 三戦隊は弓、四戦隊は馬。


 そういう色分けをさらに強めたいと

 参謀部は考えているらしい。


 もっともその一方で現有する特務隊としての

 性格は、従来通りに継承していく事となる。

 これは三戦隊が城砦の運営業務を主体と

 するのと同様の事だ。


 要は戦隊内に2中隊を常設せよとのお達しだ。

 騎兵中隊はデレクに預けるつもりでおる。

 特務中隊はマナサを頭とすればよかろう。

 もっともマナサは単独任務が多い。

 補佐官は必須となるだろうな……」



ベオルクは資料の類を確認しつつそう語った。


「それなら私がマナサ様の副官を」


サイアスはベオルクにそう即答した。が


「うむ。そうだな……」


とベオルクは思案気で歯切れ悪く、


「……サイアスよ。

 尋ねたい事があるのだが」


と問い掛けるのであった。





「何でしょう」


どこか改まった感のあるその言に、

されど特段の感慨を示さず

即問い返すサイアス。


ベオルクはその容貌にほのかに懊悩おうのうにじませ

されど務めて平静に問うた。



「お前、他所で働きたいと思う事はないか?」


「……何故でしょう」



問い返すサイアスは柳眉をひそ

露骨に不機嫌な有様となった。



「入砦以来ただ命ぜられるまま

 多くの敵と多くの立場で渡り合い、

 全てに戦果を残してきたお前だ。


 その才能は素晴らしくあらゆる務めで

 万端に自らを活かせよう。


 なれば得手不得手、向き不向きにお前自身の

 意向をも踏まえて、今後は新たな立場をその

 手で掴み、さらなる高みを目指してみるのも

 良かろうかと、ふとそう思ってな……」



ベオルクは目を細め

声を落としてそう語った。


「ふぅん? それで」


とサイアスは



「……赴任に希望はないか」


「宝物庫」



とはっきりと。お陰でベオルクもまた

一気に不機嫌な有様となった。


「真面目に答えよ」


とベオルク。


「真面目に切望しておりますが」


とサイアス。

ベオルクは大いに立腹し


「いい加減にせんか!」


と怒鳴り付けた。すると



「そっちこそいい加減にしろ!

 余計なお世話だこのおヒゲ!」



と負けずにサイアスも怒鳴り返し

詰め所は一触即発の気配となって

配下や兵らは大いに脅え身をすくめた。





「なんだと!?」


ギロリとサイアスをめつけるベオルク。

魔をもほふる魔剣使いの怒気を浴び、サイアス

の背後に控える者らは萎縮することしきりだが

当のサイアスは毛ほどにも感じずさらに曰く



「貴方はいつか恩返しをしたいという私に

 いつか強くなった私に仕えたいと、そう

 おっしゃってくださいました。


 なればこそ如何なる任も命ぜられるまま

 こなしてみせましょう。貴方が仕えるに

 相応しい者になってもみせましょう。


 ですがそのために他へ移るなど、たとえ

 それが近道であっても願い下げです。


 一旦引き取ったからには来るべきその時

 まで、しかと面倒を看ていただきます」



とピシャリ。



「お前…… だが!」


ベオルクがサイアスに仕えたいというのは

言わばベオルクの我侭わがままであり、かつて自らの

上官であったサイアスの父ライナスを戦死させて

しまった事への自責からくる贖罪しょくざいでもあった。


だがそれは畢竟ひっきょうベオルク一個人の問題。

サイアス自身の意向とは本来何の関係もない。

ベオルクはその事をも重々承知していた。


ゆえに己が我侭がサイアスの足枷あしかせになるなど

断じてあってはならぬ。そう思えばこそ

ベオルクはなお食い下がろうとした、が



「はっきり言わないと判らないか!

 私は四戦隊ここで、貴方の下で戦いたいのです。

 命だの才だのそんなもの知るか!

 追い出す気なら力ずくで来い! 以上!」



とサイアスはなお吠えて

プイと出立。供らは慌てて後を追った。



「えぇい言いたい放題(わめ)きおって

 この馬鹿者めが! 勝手にせい!」



ベオルクは呆気に取られるもすぐ我に返り

サイアスの出て行った扉に怒鳴り散らした。



「馬鹿めが……」



ベオルクはにじむ視界を嫌い、瞑目めいもくした。

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