サイアスの千日物語 百三十七日目 その二
「さてと、どうしてくれようかしら……」
伊達眼鏡の奥より虎狼の如き眼光を放つロイエ。
「杞憂じゃないかな……」
おっかなびっくり宥めるサイアス。
少なくとも実働した分は宝石や勲功で褒賞を
得ていたし、戦隊内での立ち位置が変わる
わけでもない。なのでサイアス個人としては
そこまで問題があるように感じてはいなかった。
もっとも。だったら宝石は家財として
換金する、と言われてしまうと大ピンチ。
なので肯定し切れぬ具合であった。
「杞憂上等!
後悔先に立たずってのよこのお馬鹿!」
だがサイアス一個の意見なぞ論ずるに値せず。
一家を切り盛りする真の大黒柱なロイエ的には
到底承服できるものではなく、ピシャリと
サイアスを叱り飛ばし、さらに
「貴方が降格を気にしなくても
貴方を慕い付き従う者たちが
誇りを傷つけられる事になるのよ?
それでも良いと言うのかしら」
とニティヤがしっとり諭した。
とかく人死にの激しい荒野の城砦では
将兵問わず人の入れ替わりが激しいため、
組織ではなく人に向かう忠誠心の類が
なかなか育まれ難かった。
そんな中にあって例外的に兵らから尊崇され
敬慕されるのが第二戦隊長たる剣聖ローディス。
死に易き兵らに最後まで人らしい暮らしをと
管轄する区画に町並みをこしらえ、自邸には
社を立てて戦死した配下らを祀っていた。
また遺族には私財を投じて厚く報いる等
その聖人振り故に剣「聖」と呼ばれ、配下は
こぞって不惜身命を以て忠義を尽くした。
そして騎士団において今一人、配下らに絶対の
忠誠を受けるのが兵団長サイアスであった。
軍を率いては常勝無敗、かつ未だ一人の
戦死者も出していないその徹底した采配の妙。
さらに神懸かりな気概と勇姿で兵らを鼓舞し
熱狂させ戦場へと駆り立てる軍神振り。
そして魔をも惑わす美貌と歌声。
戦を重ねるその度に、兵らが従うその様は
神話伝承に描かれる神や英雄に対するが如き
盲目的な信仰に近付きつつあった。
間近に仕える者らにとってはこれを誇りに
思わぬはずもなく、それゆえに主が言われなく
不当な扱いを受けるとなれば、その心痛や
身を張り裂いてなお足らぬところと思われた。
よって
「いや、それは確かに良くない。
反省した……」
と流石のサイアスも神妙になった。
「うぉ怖ぇ、躾されてるぜ……」
嫁御衆の神をも畏れぬ気魄を目の当たりにして
シェドはこれを大いに恐れ、恐れつつも他人事
ゆえ小刻みに首をカタカタ揺らしおどけていた。
「よしなよ! 流れ弾飛んでくるよ」
とランドが大いに慌て、声を押し殺し
叱責するも時既に遅し。
「そこのデカいのとキモいの!
ちょっと役に立って貰おうか」
とロイエに目を付けられた。
「ヒッ!? ボクを食べても美味しくないよ!」
「誰が喰うか! 一生売れ残れ!」
これには美人隊の肉娘アクラが不快感を露に。
「ちょっ、おま、お前らが言うなや!!」
と憤慨するシェド。
異性と無縁なのは同じであろうと
大いに異議申し立てた。が
「私らは良いんですぅー、
閣下に仕える勝ち組なんですぅー」
とアクラは得意気にドヤった。
「俺かて仕えてるやんけ!」
と再び異議るシェド。
「……え?」
とサイアスはシェドを見た。
「……ふぇっ!?」
「冗談でしたー」
そういう事らしい。
「ぅぉおおおぉん!」
「それハイランダー思い出すからやめろ」
吠えるシェド。顔を顰めるラーズ。
「ぅすさーせん」
相変わらずのシェド劇場であった。
「アレが役に立つの? ロイエ」
すっかり呆れ嘆息するニティヤ。
「立つわよ! 人質として」
「おぃい!?」
どうやらそういう事であり、さらに申さば
「腐っても第七王子だし
身替りにも丁度いいわ」
「そうなの? 判らないけれど」
という事でもあった。
「一番ありがちな脚本としては、
何かしら失態させ難癖付けて解任よね。
なので何かやれって言われたらその時は
まずシェドにやらせると良いわ。
責任取れって言われたら騎士団長やら
フェルモリア王家に庇って貰えばいいし。
失態自体は既に評価どん底だし平気っしょ!」
とロイエは既に敵認定な参謀部の
使いそうな手口を分析した。
「異議あり! そんなん
俺っちのプライドが傷つくわ!!」
至極真っ当に物申す
至極真っ当でないシェド。
「華麗に代役こなせたら
モテる(かも知れない)わよ!」
「あい承ったッ!!!!」
あっと言う間に意見を翻し敬礼した。
「基本はデネブとクリンで両脇を固めて
ラーズが警戒。気になる方角にランドを
立たせて壁にするといいわ」
「ふむ。そもそも近寄らせねぇ感じだな」
恐らく襲撃する側の経験も豊富そうな
ラーズとロイエが打ち合わせを。
「肉娘はこっちでちょいと鍛えとくわ。
修羅場慣れさせとかないと」
「嫌な予感がする!」
ロイエがぼそり。アクラが喚いた。
盾肉娘はともかく美人隊は主攻部隊であり、
共に一戦隊式の装備や戦術からの転換に
励んでいたためさらに特訓と相成った。
ともあれこうした次第で供回りが定まって、
サイアスは邸宅から出立した。




