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サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
906/1317

サイアスの千日物語 百三十七日目 

第二時間区分初頭、午前7時半。

サイアスは数日振りに朝起きた。

今は外出の準備を周囲がしている。


数日前。本城中央塔付属参謀部施設2階

にある筆頭軍師ルジヌの房室でアトリア

から届けられた第一戦隊からの要請書。


即ち第一戦隊内で開催される模擬戦に

兵団長として参加せよとの件の、当日が今日。

外郭北東区画天守、通称「オッピ城」へと

午前10時に来いとの事であった。


オッピ城は元来城砦外郭防壁の北東の角で

あった場所を増改築して建てられている。


また南手の外郭兵溜まりは物資の貯蔵と

予備の攻城兵器群のために用いられている

ため、模擬戦自体は北手、二の丸の側で

行われるものと推測された。


本件におけるサイアスの役割とは督戦であり、

サイアス自らが模擬戦闘をおこなうわけでは

ないらしい。随行者としてはデネブとクリン。

そして名物三人衆が選ばれていた。


平素サイアスが城砦内の各所に出張る際、

護衛に選ばれるのは大抵クリンや肉娘ら。

要はかつて第一戦隊より派遣されてきた

護衛隊の面々であった。


それゆえデネブは専ら厨房で料理の腕を磨き

ラーズは気の向くままに馬術や弓術、騎射に

各施設付き食堂を食べ歩き、三人衆の残り

2名も専門分野を活かす形で独自に動いて

いたものだが、今朝より変更と相成った。


理由は朝食の支度が整う前、小隊詰め所を

兼ねるサイアス邸広間に三々五々人の揃う中、

広間の卓で茶と多量の書類をしばいていた

ロイエの発した一言によるところが大であった。





朝食前の事。


「……」


時折口にコンフェイトを放り込み、

放り込んでは茶をも含んで甘味と

渋みの絶妙なハーモニーを満喫し。


かつまた卓上に拡がる多数の書類を

逐次駆逐していくロイエは不意に

その動きを止めた。


「……何?」


傍らで優雅に茶を喫しつつ、適宜

そうした書類らの戦後処理に励む

サイアスが問うた。


「どうも臭うわね……」


ロイエは伊達眼鏡に手指を添えつつ、

書類を見据えるその目を細めた。


すると大振りな卓の東手から


「ッ!? べっ、別に臭くねぇし!!」


と何やら潔白を主張するらしきお面が。


「アンタは臭い以前の問題だわ……」


ロイエはうんざりと吐いて捨てた。


「ファッ!? ぬさなにすや!!」


椅子に腰掛けたまま上半身を派手に波打たせ、

そこからナン・デヤネンのポーズに繋げる

ひょっとこ仮面。


「ランド、通訳」


そちらを見やる事なくサイアスは一言。


「何? 君は何を言ってるんだ!」


ランドは即刻平易な表現に仕立て直し


「成程」


とサイアスは満足して茶に戻った。





「何か不備でもありましたか?」


デネブと肉娘らが厨房と行き来し食事の

支度に励むのを一歩下がって差配していた

ディードがロイエに近付き問うた。


「んー、そっちじゃなくってね……」


と白紙を取り出して、書類の群れから

拾い上げた数字などを書き込んでいくロイエ。


抜書きされた情報に一家の他の面々は

特段の不審を感じなかったが、ロイエは


「次の作戦って6日後だっけ?」


とサイアスに問うた。



「そうだね。作戦自体は半日の予定。

 その二日後ブーク閣下が戻られるそうな」


「つまり8日後か…… うんやっぱおかしいわ」



サイアスの言を受けロイエは頷いた。



「既にある分も今朝きたヤツも含め、

 納期や〆が6日後以降な外向けの書類が

 一枚もない。ブーク閣下への引継ぎやら

 他戦隊に係る人事論功を考えると、どうも

 不自然に『途切れてる』わね、これ。

 

 要は今ある外部案件が一切合財、揃って

 5日後に終わる訳。 ……あんたさ。

 ひょっとして、次の作戦後兵団長と

 三戦隊長代行を解任されるんじゃない?」



周囲が一斉に顔を上げ、

ロイエを見、次いでサイアスを見た。


「ほー」

 

但しサイアスには感慨なし。


「他に言う事は」


とジト目のロイエ。



「特に無い。

 強いて言えば『楽できそう』」


「まーそれはそうなんだけどさ!

 気にならないの? せめて理由とか」



のほほんとしたサイアスに詰め寄るロイエ。

実質言われ無き降格に等しいため、憤慨する

ロイエの方がむしろ正常といえた。





「元々兵団長の役職は『宴』で魔が顕現し

 騎士団長が指令室から対魔戦闘用の

『騎士隊』の指揮を執るため前線へ赴く際、

 一時的に兵権を預かるためのものだからね。


 戦時昇進の一種だったんじゃないかな。 

 そして平時扱いな今は不要だと。むしろ

 これまで引っ張った事の方がおかしい気も。


 とまれ不要になったら失くすというのは

 特におかしな事だとは思わないかな……

 あぁでも兵団長仕様なアレキサンドライト

 の認識票を返せって言われたら怒るよ?」



戦時昇進は戦況を鑑み戦力充足のために

一時的に下士官や兵を将校化するもので、

古今不利な戦局では頻回に成された。


但し戦時昇進にて活躍し成果を挙げた者には

戦後大抵昇進した階級への追認が成された。


よく似た制度に戦地任官があるが、こちらは

式典を省略するだけの実の昇進であり、戦後も

階級は継続する。先の魔笛作戦でサイアスが

見習い軍師らに成したのがこれであった。


とまれ危急時に無理を負わせた分は相応の

見返りを以て報じるのが常であった。


特に将兵共に戦死の激しい魔軍との戦闘に

あたる城砦騎士団では、褒賞を約さずただ

解任のみ秘密裏に粛々と進める例は、士気に

悪影響を及ぼすためまず見られる事がなかった。


但しサイアスにはそうした要素はどうでも

良いらしく、宝石こそが重要らしかった。



「しかし都合の良い時だけ重く用い

 不要になったら放り出すというのは、

 流石に良い気分はしませんね」



とクリン。代々軍人を輩出する家系の出だ。



「『狡兎死して走狗煮らる』ってヤツだな。

 傭兵にゃ茶飯事だが正規軍、しかも仮にも

 騎士と名の付く団体さんがそれをやるってのぁ

 ちょいとどうなんだろうな……」



こちらは歴十数年の名うての個人傭兵ワタリガラスである

ラーズ。重用を嫌い進んで放り出される

タイプでもあった。


狡兎死して走狗煮らる。


同様の事を平原諸国が騎士団に成そうという

気配も垣間見える中で、当の騎士団内が配下に

同様のおこないをするとなれば、統率に悪影響

が出る可能性は低くないと言えよう。





「……我が君に兵権が集中するのを

 嫌っての判断でしょうか。だとすると

 兵権の集中を進めた騎士団長ではなく

 その下部組織の意向と見て良いのでは」


とディード。

一家そして小隊内で最も城砦歴が長い。



「参謀部か…… でも今セラエノ閣下って

 寝てるのよね? んじゃルジヌさんって事?」


「その可能性は高いですね」


「参謀部に睨まれたか……

 こないだ喧嘩売られたんだっけ?

 まぁ丸くは収まったらしいけどさ」



ロイエとディードは深刻にそう話した。

 

「あらあら……

 気付かなかったのかしら」


と薄く笑むニティヤ。

紫がかった黒の瞳は

けして笑んではいなかった。



「何が?」


「フフ、内緒よ」



サイアスの問いにニティヤは

黙して笑むのみであった。


「ルジヌ教官はサイアスさんの事を

 気に入ってたと思ったけど」


とランド。


「そいつぁまた別の話だな。そもそもアレは

 人じゃなく組織に仕えるタイプだぜ。

 組織に良かれと思ったら何でもやるだろ」


とラーズ。


「ほへー、そういうもんかや……」


シェドは腕組みし首を傾げていた。

「狡兎死して走狗煮らる」

非凡な活躍を成した者でも用済みに

なると処分されるという程の意。

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