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サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
904/1317

サイアスの千日物語 百三十四日目 その十四

第四時間区分中盤、午後9時の半ば。

祈祷師2名が辞して後もルジヌは同室に

留まって、諸事に係る諸々の書類をあらた

またはしたためていた。


その後さらに一通り手元の案件を片付けた後

当面特段の報告なり訪問なりが無さそうだと

判じたルジヌは仕上げた書類と共に退室し上階へ。


研究棟3階を通りすがった手近な軍師に

二、三の指示と共に手持ちの幾らかを渡し、

その後連絡路を経て中央塔へと赴いた。





中央塔付属参謀部はその名の通り中央塔に付属、

併設された状態にある。両者は外観としては

密接しており、連絡路は参謀部施設の内側に

のみ伸びていた。これには二つの理由がある。


一つは城砦陥落時に備えた防衛上の理由。

参謀部施設は中央塔にとっての外郭なため、

いざというときは隔壁を封鎖し連絡を遮断して

参謀部を経由した中央塔攻略を阻止するためだ。


今一つは構造上の問題。参謀部施設と中央塔

各階では天上の高さが倍近く違っていたからだ。


中央城砦本城内の施設の多くでは、武装した

兵が問題なく通れる事を前提として、天上高が

1オッピ前後となっていた。吹き抜けを採用

している資料室を除けば、参謀部施設もまた

同様の寸法で建てられていた。


だが中央塔はオッピという単位の由来とも

なった当代の第一戦隊長オッピドゥスのように

巨人族の末裔とされる者らが頻回に訪れる。


オッピドゥスの背丈は単位のままに1オッピ。

天上高1オッピ前後では来訪の度に中央塔が

破壊されてしまう。天井高はせめて2オッピ

は用意せよという事でまず各階2オッピ立て

にした上で1、2階部分は吹き抜けとされた。


端数を端折って乱暴に言えば、

参謀部の3階は中央塔の2階。


真っ直ぐ繋げば通風孔宜しく吹き抜けの半ばに

飛び出し転落死がすこぶはかどる格好となるため、

上げ底と傾斜で諸々工面する必要があったのだ。





要は参謀部施設3階から中央塔3階へと続く

緩やかな上り坂を経て、ルジヌは歩哨の敬礼

を受けつつ塔に入った。


参謀部施設は礼拝堂の如く随所が仄暗い。

一方中央塔は常に煌々と明るく天上も倍。

地下墓地から空中庭園へ飛び出すが如き

違和感と高揚感を堪能しつつ、ルジヌは

広間を奥へと進む。


中央塔3階の大部分は王家の食堂たる広間が

占めている。1、2階の吹き抜け部分と異なり

平素より広間に在る人影は少ない。


謹厳に務める歩哨や各戦隊より軍議軍務で

訪れる幹部やその供まわりを除いたならば。


ここを訪れるのは騎士団長自慢の王家の食堂

が振舞うスパイシーなフェルモリア料理と

その対極に位置する平原中を探してもまず

お目に掛かれぬ多種多様で多量のスイーツを

ツマミ食いに来る、非番だったり違ったりする

参謀部のお困り女子が精々であった。


「ぉ、ルジヌ! これ食べる?」


早速ルジヌに気付いたらしき

お困り女子がそう問うた。ファータだ。


「ふむ? それは何ですか」


食すより作る方に興味があるルジヌとしては

初見のスイーツを看過する訳にもいかず。



「んー、こっちの巻貝みたいなのは

 アッシャベーキーヤ。パリッパリの揚げ物

 だけど油っこくなくて食感も素敵、と…… 


 それでこっちのはキュナフェねー。

 一見縮れ細麺か鳥の巣みたいだけど内側に

 チーズの層を挟んであって超濃厚な味わい!

 しっとりシロップもいい感じだわ。

 っと、書き書き……」



ファータは甘味存分に堪能しつつ感想を

用紙に記していた。聞けば試食長に就任し

日夜新作スイーツを食い倒れしているとか。





ファータは先代の光の巫女。即ち

人魔の大戦「宴」における決戦存在の

一人であった。


長年光の巫女を勤め上げたファータは

他の巫女ら同様の精神崩壊を経てもなお

荒野の死地に留まっていた。そして先の宴

ではサイアスらを救うべく大魔術を行使して

再び精神崩壊を起こしていた。


厳しい精神修養を経てようやく人並に回復した

ファータに対し、騎士団長チェルニーが与えた

恩典の一つが、王家の食堂付き甘味試食長の

役職であった。


今後は当代屈指の料理人が生み出した新作

スイーツの数々をまず真っ先に好きなだけ

食べよとのお役目であり、ファータは嬉々

としてこれを務めていたのであった。


「ふむ、どちらも『万葉』に

 通じるものがありますね……」


とルジヌ。


「万葉とは何ぞ!」


眼前のスイーツを食い倒れつつ

なお喰らい付くファータ。



「私の新作です」


「私のは? 私の分はぁ!?」


「調理用の房室にまだありますよ」



自然な笑みを投げ掛けるルジヌ。

とかく仏頂面の多いルジヌではあったが、

ファータにそうした表情を見せる事は

少なかった。


「おっしゃあ! っと今はこっちだ!

 お次は…… 何々、城砦風マクルードとな?」


ファータは大いにはしゃぎ喜ぶも、まずはと

再び眼前のスイーツの群れに没頭し始めた。

挙措がかなりセラエノに似てきたな、などと

感想を抱きつつ、ルジヌは仄かに笑んで

さらに奥へと進んでいった。





王家の食堂で連日連夜見掛ける者といえば、

ファータの他には唯一人。当食堂の所有者で

ある城砦騎士団長。チェルニー・フェルモリア

王弟殿下その人である。


チェルニーは史上異数のラッシーの専門家でも

あるため、自著やら資料やらを並べ料理人を

呼びつけてはあれこれ思索し試作させていた。


「何か用か」


あれこれ忙しく没頭する中振り返りもせず

そう問うチェルニー。ルジヌの気配はとうに

捕捉済みであった模様だ。



「折り入ってご相談が御座います」


「何……?」



チェルニーはいぶかしげに振り向いた。

戦時以外は天敵なルジヌがわざわざへりくだって

物申すとは何事か、と興味を持ったらしい。



「兵団長閣下への処遇についてです」


「処遇…… だと?」



チェルニーはこれまでの諸般の事情を経て

チェルぴょんサイにゃんと一方的に呼び交わす

程の、言わばサイアス派であった。


ルジヌの挙措や言動表情から、悪い意味での

処遇、要は処分だと判じたチェルニーは

ギロリと鋭い眼差しでルジヌを見据え



「宝物庫にでも忍び込んだか?

 初犯ならお小言くらいで勘弁してやれ」



と権高く。


「違いますが」


ファータに笑んでいたのは別人であろうかと

疑わしいほどの仏頂面で冷徹に返ずるルジヌ。



「なら嫁御が兵でもったのか?

 総員の1割までは不問にしておけ。

 騎士を殺ったなら反省文だ。

 それ以上は危険だぞ」



果たして戦力の減少が危険なのか

それとも問責自体が危険なのか。

そこは黙して語らぬチェルニー。


「……それも違います」


殺され掛けた身としてはまるで笑えぬため

より一層凍てつく眼差しとなったルジヌ。


「では何だというのだ。

 アイツは魔軍以外には無害だろうに」


手元の資料をほっぽりだして

腕組みし椅子の背にもたれ

しかめっ面をするチェルニー。


ルジヌは憮然として書状を差し出し、

書状は困惑する料理人の手を経て

チェルニーへ。


瞥見べっけんし、再度瞥見して

卓に肘付く右手で額を押さえ

チェルニーは低く声を発した。



「……軍議だ。但しサイアスは呼ぶな」

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