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サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
903/1317

サイアスの千日物語 百三十四日目 その十三

第四時間区分序盤、午後7時過ぎ。

参謀部2階、ルジヌの房室では未だ

荒野の賢者らの鼎談ていだんが続いていた。


ルジヌは参謀長代行にして筆頭軍師。

イブンは祈祷師にして治療部隊長と重職に在り

そうそう油を売っても居られぬのだが、なお

3名は房室より出張る気配を見せなかった。


「さて、後は『体格』に関してですが」


ルジヌは淡々と話を進めた。


「君もめげないねぇ」


軽い調子で苦笑するパンテオラトリィ。

祈祷師なれど役職無し。諸々の責務を

掻い潜るのが得意であった。


「軍師の習性ですので」


眼鏡を手直ししつつ返じドヤるルジヌ。


これは当分しつこく言われるぞ、

とイブンは頭を抱えていた。


「まぁそっちは私よりイブン殿の方が

 お詳しいだろう」


とパンテオラトリィはイブンを促し


「そうだな…… まずは体格の定義から

 再確認しておいた方がいいだろう」


とイブンは気を取り直し語り始めた。





「軍師の目が判ずる身的能力5種のうち

『体格』とは、骨格の頑健さやそこに纏う

 筋肉の総量按配といった、専ら表面的な

『体の出来』を指す語とされる。


 がその一方で世に在る生き物としての

『命の格』をも指しているのだ。


 身的能力5種の一つであり専ら持久力のみ

 を指す体力と体格が分かれておるのは、

 こうした不可視の要素を含むゆえでもある。


 ここまでは特に問題ないだろう」



イブンの説明にルジヌは無言で軽く頷いた。



「そして概して『体格』とは変動し難い

 値であるとされている。だがこれは

 飽く迄見掛け上の話であって、実際は

 常に上下に揺れ動く。さながら波の如くにな。


 荒野に常駐する我々城砦軍師が身的能力を

 査定する対象は、補充兵の年齢制限内となる

 15から45の壮健なる男女だ。


 実勢としては10代から30代が大半となり、

 また訓練や戦闘に明け暮れる兵士という職分

 ゆえに、本来は上下に振れる体格が上方向に

 しか振れぬように見えている。


 よって体格は変動し難いが変動するにしても

 他の能力値と同様に上昇を指向するものだと

 見做みなされているのだ。


 要は標本の偏りから、下降要素が念頭に

 置かれ難いという特徴があるのだ」



「……ふむ」



イブンの語るように確かにルジヌの脳裏では

すべからく能力値とは成果値を獲得して

成長する、即ち上方向へ変動するものだとの

認識が支配的であった。


下降に関する認識が無かったわけではない。

人の能力値においては身的能力は20代。

心的能力は30代で成長が止まり、どちらも

40代で明確に下降が始まる事は承知していた。


だが魔力を得たものはこの事例に当てはまらず、

そして城砦で生き残る者らは皆魔力を有した。

要は荒野ここでは例外が基本となっているわけだ。





「荒野と平原の区別なく、兵士というのは

 喰う事と寝る事に掛けては天才的だ。

 ゆえに壮健そのもので病などまず患わぬ。

 

 加えて荒野ではもとより人死にが激しい。

 戦闘員においては病を考慮する余地すらない。

 

 非戦闘員に目を向ければ体調を崩すものも

 少なくないが、そうした者らはそもそも

 能力査定の対象外だ。


 この辺りも標本の偏りに繋がっているだろう」



「成程…… つまり」



そもそも母集団自体の問題でもある。

それは確かにその通りであり、そこから

導かれる此度の件への見解とは、すなわち



「廃用症候群というものがあってな。

 身体の機能は用いねば落ちていくものだ。

 筋肉量でいえば10日も寝たきりであれば

 1割は低下する。心肺機能も相応に低下し

 総じて体格に下方の指向を与える。


 さて平原において新生児が成人に至る率は

 随分暮らし向きのよくなった今でも半々だ。

 多くの子らは体格が十分成長せぬまま病等で

 下方に振り切りマイナスとなって命を失う。


 そしてサイアス卿は平原に居られた頃、

 頻回に病に臥せっておられたようだ。

 病そのものによる下降分も合わせれば、

 彼の体格もまた常にご自身の基準値より

 低い方向に振れていただろう」



平原における成人の能力値の平均値は9。

体格も同様である。サイアスの体格は7。

平均値を明確に下回る値だが、それでも

これは華奢極まる当人にとっては最高潮と

いえる状態である可能性があるという事。

つまり、 



「……もう判ったろう。件のメディナ殿は

 サイアス卿の『体格の変動を止めた』のだよ。

 恐らく揺れ幅のうち最も高い位置でな。


 決して上がらぬ代わりに下がる事もない。

 容姿は華奢きゃしゃなまま、成長も止まるがそれでも

 病に臥せりそれで命の灯火が費える事もない。


 これは眠り病で何日寝たきりになろうとも

 けして廃用症候群を生じぬという事でもある。

 確実に100年以上存命な参謀長が依然あの

 在り様なのもまた、同様と見ていいだろう。

 水の症例とも密接に関わっていると見ていい。


 ルジヌ。これは断じて『呪い』などではない。

 慈愛に満ちた類稀なる『祝福』なのだよ」



イブンはほのかな笑みをたたおごそかに頷いた。





「……そういう事でしたか」


確かに思考の虚であったと

ルジヌは何度も頷いていた。


その様に常と変わらぬ微笑のまま

パンテオラトリィ曰く



「メディナが魔だとの伝承も

 実際は眉唾ものだと私は思うね。


 大体広大な水の文明圏が消滅する程の

 暴れっ振りを、誰がどうやって目撃した?

 近場で見てたなら何故そいつは生きてる?

 そういう話だよ。

 

 まぁ歴史の『傍観者』という意味合いでは

 魔である『奸智公爵』と大差ないのかも

 しれないけどね」



と。これも言われてみれば確かにその通り。

但しルジヌの脳裏には傍観者ではなく

有閑マダムという語が浮かんでいた。



「お陰様で諸々合点がいきました。

 有難う御座います。ではこれにて

 今度こそ沙汰止という事に致しましょう。

 ……哲学の件以外」



仄かに笑み頷きすぐに仏頂面となって

しかとイブンを見据えるルジヌ。


「クク…… それは良かった。

 では私はこの辺で失礼するよ」


フードの下で微笑を浮かべ

パンテオラトリィは席を立った。


「うむ。私も役目に戻るとしよう。

 ささ、行こうパンチョ殿」


イブンはパンテオラトリィの背を押して

共にそそくさと引き揚げていった。

ルジヌは小さく肩を竦め、失笑した。

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