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サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
902/1317

サイアスの千日物語 百三十四日目 その十二

「まぁ結果としては上手くやってくれた。

 サイアス卿も講義には満足しておられよう。


 ……あの方はとうに人としての生を諦めて

 おられる。故にかつて似た境遇にあった

 英雄らの物語を好まれるようだ。


 英雄らへの憧れからではなく、

 自らが演ずべき役作りのためにな……


 哀しい方なのだ。だから永久に輝く宝石に

 自身の分も輝けと託されていた。もっとも

 ご自身が宝石の側に回る事になったのは

 何とも皮肉な事だがな」



どこか遠くの景色を思い出すように

しみじみとそう語るイブン。



「……随分とお詳しいのですね」


とルジヌ。



「……初夏の頃、北往路の救援に赴き

 無事役目を果たした未だ客分の彼を

 治療した事がある。


 その際の振る舞いが澄明過ぎて少々経歴が

 気になってな。気になったら調べるのが

 軍師われわれの習性だ。それで一通り調査した」



片目だけやや大きく見開いて

口元で笑む祈祷師イブン。


ルジヌはそれをジトりと見返し

パンテオラトリィは微笑のまま

そっぽを向き小さく肩を竦めていた。



「とまれ、だ。

 我々は今後、平原を敵として戦う事をも

 想定しておかねばならん。兵権と声望を

 両有するしかも『最前線』の領主に派閥を

 起こさせ、騎士団内に亀裂を生むような

 真似はくれぐれも避けてくれ」



威厳と深慮、冷徹と人情が入り混じった

複雑な表情でイブンはそう告げ頷いた。





その後暫しのやりとりを経て、西方三博士と

呼ばれる事もある祈祷師のうちの2博士は

ルジヌに暇を告げようと中腰になった。

するとルジヌはすかさず


「さて、余談も済みました事ですし

 そろそろ本題に入りましょう」


と告げ、両者の怪訝けげんな表情を招いた。


ルジヌは自身に向けられる視線を意にも介さず


「本題とは兵団長閣下の『呪い』についてです」


としれっと。


イブンとパンテオラトリィは顔を見合わせた。



「……ルジヌよ。

 その件は既に沙汰止みとなったろう」


「そうですね」



眉をひそめるイブン。

平素どおり仏頂面のルジヌ。



「では何故蒸し返す」


「何も解決していないからです」



苦い声のイブンにピシャリと申し渡すルジヌ。



「兵団長閣下を信じ、かつ閣下の仰る

『メディナという方が敵ではない』

 との言を信じる事と、閣下の体格が

 一切上昇しない事案についての分析を

 放棄する事は全く別の話です。


 また『メディナとの邂逅』が一個の人に

 与える影響について分析をおこなう事が

 優れた将兵を生む事に繋がり、結果戦局

 の好転に寄与する蓋然性がいぜんせいも否定できません」


「しかしだな……」



平素よりはやや抑揚を伴うものの、

それでも淡々と、理路整然とルジヌは語り、

イブンは苦い顔で右の掌を上向け前方へと

差し出すような仕草をした。


だがルジヌはなお冷ややかに



「『気になったら調べるのが軍師の習性』

 との有り難いお言葉もありますね」



と一言。イブンは盛大に顔をしか

パンテオラトリィは身体を揺すり失笑した。





「やれやれ。

 ツンデレ旦那に強情妻か。

 とにかく面倒臭い夫婦だな……」


パンテオラトリィはクツクツと笑い、

面倒臭い賢者夫妻にたっぷりジト目された。


「おいパンチョ殿、他人事かね」


妻の攻撃を逸らすべく、或いは

道連れを求めそう語るイブン。



「そりゃそうだともイブン殿」


「貴公も妻帯すれば気苦労が判ろうな」


「おやおや、独身を主張した事はないはずだよ」



両名仲が良いらしく、イブンは威厳も外聞も

へったくれもなく絡み、受け流されていた。


「貴公については謎だらけだからな……

 とまれ加勢してくれ。哲学がはかどるぞ」


遂に単刀直入に、恐らくは

普段のノリらしく語るイブン。


荒野ここじゃ無用の筆頭だねぇ」


それを悠々とかわすパンテオラトリィ。

そしてイブンの何気ない、されど必死な一言が



「確か

『悪妻を得れば哲学者になれる』

 でしたか……」



龍の逆鱗を逆撫でし

虎の尾を踏みしめてしまった。


「おいパンチョ助けろ、

 助けろパンチョおい」


眼鏡を外そうとするルジヌ。

それを制止しようと必死のイブン。


ルジヌの眼光には魔力が宿っており

睨んだ相手を窒息に追い込む。即ち

ルジヌの眼鏡とは鞘の代わりであった。


「冗談じゃない。

 夫婦喧嘩なんて眷族も喰わないよ」


パンテオラトリィは愉快げに笑い、

書棚から資料を取り出し眺めだした。



「……まぁ、哲学云々は後ほどたっぷりと

 こちらで処理するとして」


「……」



この場は堪える事にしたルジヌ。

すっかり消沈気味のイブン。



「今は兵団長の体格の問題と

 メディナとの邂逅について分析を。


 ご協力頂けますね、パンチョ殿?」



ルジヌはパンテオラトリィに

底冷えのする眼差しを向けた。



「断れる雰囲気じゃないなぁ」


「結構。では見解を伺いましょう」



ルジヌに促され、フードの下は常に微笑な

パンテオラトリィは書棚に資料を戻した。





「『メディナとの邂逅かいこう』とやらに

 関しては、魔力を+1する効果しかないよ。

 そしてそれが眷族との初遭遇及び戦闘に

 与える影響はほぼないと言っていい。


 ヴァディスがアウクシリウムを発つ際に

 既にサイアス様が魔力を1有しているのを

 確認しているし、イブン殿と調べた経歴から

 いって『メディナとの邂逅』が本物であった

 のは間違いないだろう。


 ただそれが南往路での戦闘に役立ったとは

 思えないね。南往路でできそこないを斬った

 のも、北往路で魚人を斬り大ヒル相手に

 ライブコンサートをやってのけたのも、

 ひとえにあの方の地力によるものさ。


 そもそもあの方が最初に発症された魔力の

 影響は『眠り病』だろう? むしろ戦闘の

 邪魔なくらいだね……」



祈祷師パンテオラトリィもまた、

西方三博士の異名に相応しい叡智の

持ち主であった。もっともその視点は

元来深淵に在ってそこから現世を垣間見る

ような不可思議さに満ちてもいた。



「つまり『メディナとの邂逅』

 それ自体は誤差の範囲だと?」


「魔力の影響がその時点で当人の有する経験や

 特性に左右された形で発現するのは否定し難い

 ところさ。だが魔軍との戦闘経験がない状態で

 それを得た場合、ランダム要素が高すぎて

 誤差以上の成果はもたらさないだろうね」


「ふむ…… 遭遇条件を絞れない以上

 論じようもないという事ですか」



パンテオラトリィの応答から

的確に要所をすくい上げていくルジヌ。



「サイアス様が出遭った理由は判るよ。

 人外級な飛びきりの美少年だからね。

 奸智公が付き纏うくらいだし、まぁ

 メディナ殿としてもほっとかないだろう。

 参謀長もきっと美少年枠だね、間違いない」



「……参謀長が飛び起きてきそうですが」 



パンテオラトリィとルジヌの語る

どちらの言も説得力に満ち満ちており、

イブンとしてはただただ頷くしかなかった。



「まぁまぁ。だがね、かの

 ガラール卿はどうするんだい?


 噂のメディナ殿はあぁいうのも

 イケる口なのかねぇ」


「そこを引き合いに出されると

 一気に破綻してしまいますね……

 判りました。邂逅に関しては論ずるに

 時期尚早として一時留保しておきましょう」



さしものルジヌもあのガラールの名を出されると

いかんともし難かった。これもまた、城砦軍師

の習性かも知れない。そういぶかりつつ

とりあえずルジヌは納得した。

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