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サイアスの千日物語  作者: Iz
第五楽章 最も新しい神話たち
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サイアスの千日物語 百三十四日目 その十一

夏の余熱も今は昔。次第に秋の進化する

この頃にあっては、夕刻と夜が互いに

身を寄せ合う風情であった。


第四時間区分初頭、午後6時過ぎ。

黄昏の空は矢継ぎ早に閉じてゆき

天地を烏の濡れ羽色に染めていく。


そして荒野に夜が訪れた。





敵地の只中に敢然と在る陸の孤島。

囮の餌箱たる中央城砦「人智の境界」

ではこの時分から忙しさが増す事になる。


荒野に在りて夜を統べる魔も同地に巣食い

跳梁する眷族らも、共に夜陰を好む故だ。


日中より方々に灯る篝火は今や数層倍に

数を増し、防壁や櫓より歩哨が操る反射板

の光が周囲の暗がりを薙ぎ払っていた。


西域守護城砦が一城たるこの中央城砦は

そこに詰める戦闘員の数に比して敷地面積

がずば抜けて広い。


これは建造当初の本城のみであった頃から

変わらぬ傾向であり100年経った今に

至っては外郭防壁が800オッピ四方。

加えて二の丸まで出来ている。


到底1000名程度で警邏し尽せるもの

ではなく、その随所に異形らにとって

ともすれば掻い潜れそうな網の目が在った。


無論そういう意図を以て建てられている。

囮の餌箱である以上攻めて貰わねば困るの

であり、ゆえに適度な誘惑は必要という訳だ。


それゆえ夜の訪れと共にいや増した随所の

網の目を遠巻きにかばうように防衛主軍たる

第一戦隊は第三戦隊の弓兵らと組んで専ら

班単位で手広く展開し歩哨。


隙を見つけ勇んみ入らんとする異形らは

彼らのお株を奪う呈で方々の暗がりに潜む

邀撃ようげき専門、第二戦隊の切り込み衆が狩る。


囮の餌箱にして恐るべき殺し間。

真なる闇夜の続く黒の月を除けば、

これが荒野の城砦の夜の常であった。





夜の始まりと共に矢庭に殺気立ち活気立つ

中央城砦の本城中枢区画にて、こうした

展開を全的に監督するのが中央塔の役目。

そして付属参謀部の役目であった。


そのため参謀部は日中を数倍する慌しさを

見せており、ローブ姿の軍師や祈祷士が

早足早口で施設内の方々を行き来し、各戦隊

の伝令や参謀部詰め兵士らと入り混じっていた。


城砦歴107年の中央塔付属参謀部の員数は

概ね50名。軍師20名に祈祷士15名、

参謀部付きの歩哨兼伝令な兵士10名程度。


無論これらの生活を支援する非戦闘員が

別途付く。そしてこうした総員を統括する

のが城砦騎士扱いとなる城砦軍師長の階級に

ある騎士団参謀長セラエノである。


但しセラエノは顕著な水の症例を発しており

かつその容貌等諸般の事情により対外的に

秘匿される存在でもあるために、その軍務を

筆頭軍師ルジヌが代行していた。


即ち筆頭軍師ルジヌは騎士団上層部に属さぬ

ながらも上層部扱いにあり、特にセラエノが

休眠中においては、その序列は兵団戦闘員

1000名の長として上層部扱いである

兵団長サイアスと同格であった。


即ち午後にルジヌの預かる房室にて起きた、

参謀長代行と兵団長の間での当人ら曰く

「ちょっとした」衝突とは



「まったく。随分と危ない橋を

 渡ってくれるものだ……」



と嘆息されるところとなっていた。


「そうでしょうか」


とルジヌ。しれっと平素の仏頂面だ。


「お困り塗れの騎士団長や身内である

 参謀長とは訳が違うのだよ、ルジヌ」


ローブ姿がさらに嘆息した。





平原史の講義を終えて後片付けなど済んだ頃、

参謀部2階のルジヌの房室には新たな来客が

2名あった。共にローブ姿、共に男性だ。


嘆息するのはやや年配となるローブ姿。

もう一方はフードの下で薄っすらと微笑を。



「上が争えば下は選択を強いられる。

 結果無用な葛藤を招いたのではないか」


「……その点については重々反省しております」



自身を見つめるアトリアらの表情を思い出し、

ルジヌは流石にしおらしくなった。



「まぁイブン殿、その辺で。

 ルジヌ殿。イブン殿は貴方の身を案じて

 こうも怒っているんだよ。 ……さてと」



フードの下に微笑を湛えるローブの男は

小さく何事かを唱え、す、と手を前方へ。

対面に座すルジヌの周囲へとかざした。


するとルジヌの周囲、首の高さには

横一文字の光の筋が現れた。


「……」


無表情のまま、されど言葉の継げぬルジヌ。



「ククク。矢張りね…… っと失礼。

 これは数刻前のこの部屋の『記憶』さ。

 つまりねルジヌ殿。


 この部屋にはサイアス様の奥方様、それも

 正妻様がお忍びで来て居られたんだよ。


 そしていつでも君の首を落とせたわけだ。

 荒立てていたら躊躇ためらいなくやったろうね。

 そういう方だ」



濃紺のローブに銀糸のストラを纏う祈祷師

パンテオラトリィはフードの下で微笑した。


「戦以外で気軽に死なれたのでは

 泣くに泣けぬぞ。私も娘もな」


新緑のローブに銀糸のストラ。

祈祷師イブンは苦笑した。





参謀部の主体たる構成員は城砦軍師と祈祷士だ。

うち城砦軍師は軍師の目による査定値として

知力15、観測技能5を採用条件とし、一方

祈祷士では精神15、魔術技能5を下限とし、

その上で「軍師の目」を有するか「魔術」が

使えねばならなかった。


人の能力値が9を平均とするなか、15とは

凡そ非凡な値ではあるがそれはまだ良い。

技能値の方がより厄介で壁であった。


何故なら観測と魔術の両技能は戦闘技能では

なく、さらにどちらも数値上昇に必要な成果値

獲得の機会が随分と限られるものだからだ。


技能値5とは平原に住まう大半の者にとり、

幼少より相応に専心して人生の佳境辺りで

ようやく到達し得る、超一流と呼ばれる

境地である。


戦闘技能であれば人より遥かに強大な荒野の

異形らとの実戦において繰り出せば――無論

その後命が有ればだが――平原では考えられぬ

膨大な成果値を得る事ができる。ただこれが

非戦闘用の通常技能となるとそうもいかぬ。


無論対異形戦闘中という極限状態で用いる事で

相応の成果値を得る事はできるが、そういった

状況でそういう真似が出来る者はまず居ない。


例えば圧倒的な暴威を前に平然と歌って踊って

いられるのは、100年間の荒野での戦史に

おいても精々サイアスくらいなものである。


そしてそのサイアスは大前提として達人級の

回避技能と最早人外の精神力を有している。

そうでもなければ土台無理な話であった。





よって参謀部主構成員に求められる観測技能と

魔術技能とは常に最前線に立たぬ非戦闘員に

とり元来両立させるのが困難なもの。


知力と精神を共に15に高め両技能を共に5と

してさらに軍師の目と魔術の素養を得て、その

上でそれらを実践運用に足る水準まで鍛える、

となるとどこまでも果てなく厳しいもの。


だがそれを成し遂げる者も中には居る。

城砦軍師として一流、祈祷士としても一流。

こうした者らは祈祷「師」と呼ばれていた。


もっとも多分に当人の好みによって、

祈祷師が軍師または祈祷士の一方を以て

名乗りとする事もある。


また祈祷師のうち女性はさらに巫女という

別名を以て人魔の大戦における決戦存在とも

なり得るのだがそれは措くとして。


城砦歴107年において祈祷師は3名居た。


一人は城砦の北東に築かれた支城ビフレスト

に詰める城代兼軍師。「沼跳び」ロミュオー。


一人は出自来歴全てが謎でいつの頃からか

城砦に、参謀部に在籍していたとされる謎の男。

最近では好んでパンチョと名乗る、常にフード

の下で笑みを浮かべる祈祷師パンテオラトリィ。


今一人が軍師であり祈祷士、されど本業は

医者であり哲学者という当代きっての大賢者。

参謀部が治療部隊を編成する際は常に長とされる

祈祷師。筆頭軍師ルジヌの夫、イブンであった。

1オッピ≒4メートル

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