サイアスの千日物語 三十一日目 その二十一
再び土壁へと向き直ったサイアスは、
13の木箱から鉄の手槍を取り出した。
手槍はずしりと重く、振り回すのに相当の膂力が要りそうであり、
実戦で使用した場合、ものの数振りでくたくたになりそうだ
とサイアスは感じた。
片手では手に余るため両手を使って旋回させると、
ブン、ブン、と重々しい音が響いた。ようやく重心を探しあてた
サイアスは先程よりやや後方に下がり、右手に逆手で握った手槍を
右側面へと流し、穂先に左手を添えて投てきに備えた。
「投げます」
「おぅ」
オッピドゥスの応えに合わせ、サイアスは左足を一歩踏み込み、
次いで右足を出すと同時にくるりと後方へ振り向き、さらに左足の
踏み出しと同時に身体を半転させ、全体として左回りに一回転した。
そしてその回転を利用して大上段から斬りかかるように大きく腕を振り、
気迫を込めて重量感溢れる手槍を飛ばした。
鉄の手槍はボッと音を立てて土壁へ殺到し、ズドンと大きな音と立てて
土壁に吸い込まれて見えなくなり、次いでゴン、グワングワンと
派手に音を鳴らした。手槍は土壁を貫通し、
背後の本城の石壁まで飛んで地に落ちたのだった。
おおっっというどよめきが置き、次いでオッピドゥスの高笑いが続いた。
「ガハハハハ! お前、加撃持ちか! こりゃやられたぜ!
10のヤツより余計に飛ばしてんじゃねぇか。無茶するヤツだ!」
サイアスは腕の痺れを感じつつも
平然とした表情でオッピドゥスに向き直り、一礼した。
オッピドゥスは一瞬鋭い目になってサイアスの腕を見つめ、
すぐにまた笑顔に戻って言った。
「お前ら、しかと見たな?
こんな華奢な歌姫でも、あんなごつい手槍を投げれるんだぜ。
これが筋力や腕力と膂力の違いってとこだ。
さて、それじゃいよいよお前らの出番だ。
10人一組で20組。さくっと分かれて実測開始だ」
オッピドゥスの言葉を受けて、いつの間に居たのか第三戦隊の
教官らしき兵士たちが後を引き取り、膂力の実測を開始した。
サイアスは邪魔にならないよう好奇の目を無視しつつ前方へと戻り、
そんなサイアスにオッピドゥスが声をかけた。
「サイアスよ。こうしてお前も訓練にきたわけだから、
一つ俺から助言ってのをしといてやろう」
「拝聴いたします」
サイアスはオッピドゥスに向き直り、そう言った。
「うむ。お前のその技、『加撃』っていうんだが、
どういう代物か理解してるか?」
「いえ、詳しくは知りません。
ただデレク様が『一応強撃が使える』と評しておられました。
また、大ヒルの体当たりから逃れる際に身体を逃す目的で叩き込んで、
結果剣を折ってしまいました」
サイアスは実戦で使った際のことを掻い摘んで話した。
オッピドゥスは大きく頷いた。
「加撃ってのは戦技の一つでな、膂力を全部武器に乗せて叩き込む。
技能の度合いで呼び名がちょいちょい変わるが、
仕組みとしては皆同じだ。この技は威力は高いが反動もでかい。
具体的には膂力と体格の差額を自分も喰らっちまうことになる。
お前の腕が今痺れてるのは、まぁそういうことだ」
オッピドゥスはサイアスの右腕を見て言った。
サイアスは真剣な表情で頷いた。
「トドメの一撃やいざというときには頼りになるが、
普段からバンバン使ってると自滅しちまう。これを防ぐには
膂力と体格の差額を埋めてやればいい。要はゴツくなれ、てことだが
お前がごっつくなったとこは、ちっと想像できんなぁ」
オッピドゥスは苦笑いをした。サイアスもまた、肩を竦めて苦笑した。
「とりあえず、まだ若いから多少はゴツくなれるだろう。
ガツガツ食ってガーガー寝てればそのうちに、な。
それに体格が上がれば膂力の上限も伸びるぞ!
普通は体格の二倍までしか膂力は伸びない。
お前の体格は7ってとこだ。乙女チックな感じだぜ。
結果お前の膂力は、現段階では14で打ち止め。
既に伸び代ギリギリに近いってことだな」
「なるほど、そうですか……」
サイアスは思案気に頷いた。
「あとは力の使い方で多少改善はできるかもしれん。
実はな…… 力ってのは抜いた方がより出る、そういうもんなんだよ。
うまく伝わるか怪しい表現だがな……」
サイアスは首を傾げていた。
「要は力むなということだ。
分を超えて力を引き出そうとすると、どうしても力む。
力むと動きから滑らかさが消え、速度が落ち、正確さがなくなる。
結果として力んでないときより力が出なくなっちまうわけだ」
「ふむ……」
「ゆえに、だ。強い力を出したいときには、敢えて力を抜くようにする。
そして滑らかに、正確に、素早く動かすことを心がけろ。
そうすれば結果としてより動きに力が乗るわけだ。
これを『脱力』とか『消力』とかいうそうだぞ」
「……もしや」
サイアスは先刻オッピドゥスが間合いを詰めた動きのこと、
ヴァンクインが大ヒルからすっと体をかわした時のことを思い出し、
聞いてみた。この素早い動きは脱力によるものではないのか、と。
「おぉ。なかなか鋭いなお前!
脱力が全てではないが、かなりの要因になっていることは確かだ」
オッピドゥスはそう言うと身体を揺すって笑った。
「まぁ俺から言えるのは、
『日頃の鍛錬で力を高め、いざ本番では力を抜け』てことだ。
そのうちしっくりくるだろうから覚えておくといいぞ」
「しかと覚えておきます。ありがとうございました」
サイアスはそういうと深々と頭を下げた。




