サイアスの千日物語 三十一日目 その二十
「うむ。あんな感じだ。
今のでサイアスの膂力は10以上あると判るわけだな。
膂力10ってのは兵士としての下限だと思ってくれ。
人ってやつの平均値が9だそうでな。ほぼ人並みってとこだ。
これ以下だと色々まずくてなぁ」
オッピドゥスは補充兵たちを見渡し、
一拍置いて視線を集めつつ話を続けた。
「膂力は装備の程度に関わってくるんだ。
武器にせよ防具にせよ、当然ながら重さってのがある。
んで、重さのある物を動かすのが膂力だからな。当然だろ?
つまり膂力が低いと重い装備が使えないわけだ。
さらに、良い装備程重い! だから膂力が低いってことは
性能の良い装備が使えないってことだな。
ま、ぶっちゃけて言うと、すぐ死んじまうってことだ」
死ぬ、という一言は補充兵の心にグサリと刺さったようだ。
「膂力10だと手槍に短剣、革鎧。あとはバックラーがせいぜいだ。
軽装歩兵ってやつだな。第二戦隊なら武器の腕次第でやっていけるが、
第一戦隊じゃ絶望的だな。眷属のひと撫ででどっかしら
千切れ飛ぶから、守るどころの話じゃないぞ。
まぁ、金属鎧でもダメなときはダメだがな!」
オッピドゥスはそう言うと、派手に身体を揺らして笑った。
「具体的な数字でいうと、そうだな……
鎖帷子ってのを知ってるか? あれ一つで膂力10要る。
板金混じりのプレートメイルで12ってとこだ。そこにだ。
さらに武器と盾を持ってみろよ。どうやったって15はいく。
よって第一戦隊では、膂力15以上が採用条件となる」
そう言ってオッピドゥスは土壁の方を顎で指した。
「もう見当付いたな? あの手槍はお前らが兵士として、さらには
第一戦隊としてやっていけるかを選別するための物差しってわけだ。
10の手槍が投げれんやつは不適格! 居残ってひたすら特訓だ!
逆に15を超えたヤツは一流だ! 俺の部下になれるかもな。
毎日間近でこの声が聞けるぜ。嬉しいだろうが。ガハハハハ!」
「14で止めとけってことだな。よっく判ったぜ……」
例の騒がしい男がうっかり呟いた。静まり返った広場では
その呟きはとてもよく響き、結果オッピドゥスの耳に入った。
「あぁ? 坊主何いってやがる」
オッピドゥスはその巨体からは想像もできない速度で一気に距離を詰めた。
ヴァンクインもそうだったが、大柄ながら動きに欠片も無駄がなく、
さながら全身をバネと化した肉食獣の動きであった。
ヒッと叫ぶ例の男をひょいと片手で摘み挙げ、
オッピドゥスは槍のようにブンブン振り回した。
「ためしにお前を土壁にブッ刺してやろうか?
試したことはないが多分いけるだろ! 頭尖がらせとけよ!」
色々理不尽な物言いだが、理不尽を物理的に体言した者が言っている
のだから、ごく当然のことのように補充兵たちには聞こえた。
「ぎゃぁあぁああ! たんまたんま! ちょー嬉しいなー!
もー毎朝毎晩オッピ声聞きたいなー!
ほんとほんと! あひゃははは!」
「何だよオッピ声って。お前キモいな……」
オッピドゥスはそう言うと男をブン回すのをやめ、ポイと地面に捨てた。
どうにも沸点も融点も判らぬ相手だが、とにかく助かったのでよし、
とばかりに男はシャカシャカと這いながら補充兵の群れに逃げ込んだ。
オッピドゥスはそれを見て露骨に顔をしかめた。
また、男の特異な動きに対して群れから悲鳴が上がったものの、
そちらはすぐにまた静かになった。
あの男、あれだけ振り回されてなお、正確に群れへと逃げていった。
サイアスはジト目でなりゆきを見守りつつも、件の男に対して
そのような感想を抱いていた。
耐久力や平衡感覚はずば抜けて高いのかも知れない。
最悪、アレを連れて帰らないといけないかも知れない、などと思い至り、
サイアスは憂鬱な顔つきになってしまった。
「ん? サイアスどうした? ははぁ、お前もか。
そうだよな…… 俺もクモとかゴキブリってのがどうにも苦手でな。
あいつはちょっとゴキ過ぎるわな……」
オッピドゥスは溜息混じりにそう言った。
サイアスとしては、特に訂正する気が起きなかった。
「まぁいい。次は13のを投げてみな。それでお前の膂力を再確認したら、
お手本はお仕舞いだ。あとはこいつらにやらせんとな」
そう言ってサイアスを促し、オッピドゥスは再び元の機嫌に戻った。




