サイアスの千日物語 三十一日目 その十九
その後二、三の連絡事項を受けて入砦式は滞りなく終了し、
引き続き訓練課程の課程そのものについての説明となった。
「……つまり訓練課程の目的は諸君らの能力の限界を高めたり、
もしくは高次の技能を修得させるといったことではない。
あくまで城砦兵士として最低水準の能力を満たすことが目的なのだ。
そのため長時間反復動作を行うことによる鍛錬は、これを
おこなわない。無論、基準値を著しく下回っていれば
この限りではないがね」
ブークの説明は続く。
「また各課程においては、
城砦で該当する能力が最も高いものが指導に当たる。
今日の午後は身的能力のうち『膂力』について実技測定をおこなう。
当城砦で最も膂力が高いのは、第一戦隊長オッピドゥス殿だ。
明日以降の予定としては、午前に座学、午後に『体力』
翌日は午前に座学、午後に『器用』といった風に、
午前は座学、午後は実技といった具合で半日ずつ訓練をおこなう。
各戦隊においては能力値に下限を設けていることもあるため、
もしも望みの配属先に能力が満たない場合は、夜間に個人で鍛錬を行って
調整するといいだろう。ちなみに城砦の各施設は昼夜を問わず
いつでも利用可能だ。訓練課程中は制限が掛かるものもあるがね……」
「うげ、初日の午後がいきなり山場な気がするぜ……」
例の騒がしい男が呻いた。
おそらく二日目もそうなるだろう、とサイアスは思った。
ブークの説明はいま暫らく続き、その後は
備品の支給や部屋割りの確認をおこない、午前の部は解散となった。
午後一時半。鐘の二連打が三回響き、午後の訓練課程の始まりを告げた。
補充兵200名が第三戦隊営舎前に集合している。
誰一人として遅れてはいなかった。
今日の午後の担当はオッピドゥスであり、
遅れた場合どうなるかは明白だったからだ。
補充兵の全員が、あの爆音を二度と堪能したくはないようだった。
「ふぅむ、ちぃと数が多いが、どうだ?
隅っこの連中、俺の声が聞こえるか? なんだったら
もちっと大声がいいか? まだ倍はいけるぜ!」
オッピドゥスがとんでもないことを言い出したため、
両翼の補充兵は大慌てで問題なく聞こえる旨を訴えた。
現時点で耳鳴りをおぼえている者もおり、
これ以上大声を出させるのは危険といえた。
「おっし、んじゃ始めるぜ。今日これからやるのは『膂力』の実技だ。
『膂力』てのはな、身的能力の一つで、いわゆる『力』ってやつだな。
もっとも腕力や筋力のみを指すわけじゃあないぞ。
『膂力』は『ものを動かす力』って意味でな。
筋力や腕力以外にも、いろんな要素が絡むんだよ。
無論筋力や腕力が高いほど、効果もでかいがな。
荷物を持ち上げたり運んだりするときのことを考えてみろよ。
例えば重心の取り方だったり、姿勢だったり、いろんなコツがあるだろ?
そういうのも全部ひっくるめて『膂力』だ。
んで、だ。今からお前らに、これがいくつ備わってるかを調べていく。
何、そんな難しいもんじゃない。手間はそれなりに掛かるがな……
サイアス! こっちこい!」
オッピドゥスは一通り語り終えた後、不意にサイアスを呼びつけた。
「はい」
サイアスは抑揚のない声で答えると、
速やかに歩み出てオッピドゥスの前に立ち、敬礼した。
オッピドゥスはやや小柄なサイアスの三倍は背丈があった。横幅も同様だ。
こうして眼前に立つとその威圧感は圧倒的であり、気前よく笑う顔が
付いていなければ、確実に魔か眷属と見なすべき様相であった。
「話は聞いてるぜぇ。とりあえずお前には手本になって貰う。
俺がやると、色々壊しかねないんでなぁ。ガハハ!」
オッピドゥスは愉快げに身体を揺すった。
後方から眺める補充兵たちからは、その様はまるで
オッピドゥスが差し出された生け贄のサイアスを喰らおうと
しているかに見えた。補充兵たちは思わず肝を冷やした。
「おっしゃお前ら、真ん中開けろ!」
オッピドゥスがそう言うと、
さっと海が割れるかのように群れが左右に分かれた。
その後方には本城の壁。少し手前には積み上げられた土壁があった。
土壁のさらに手前には大きな木箱が並べられ、
それぞれには真っ黒な手槍が入っていた。
そして木箱の表面には、
でかでかと10から15までの数字が書かれていた。
「木箱を見ろ。中に手槍が入ってるな? あれは総鉄身だ。
実戦であんなの投げるやつぁまぁ少ないが、膂力測定には役に立つ。
木箱の表面に数字があるな? あれは中の手槍を投げるのに要る膂力だ。
あの手槍はそういう風に調整してあるんだぜ。面白いだろ!
んで、だ。あの手槍を手にして地面に引かれた線から投げつけ、
見事土壁にブッ刺さったら、
そいつはその手槍の数字分の膂力があるってことになる」
そういうとオッピドゥスはサイアスを促した。
「まぁまずは実演して貰うからよーく見とけ!
サイアスよ。俺の見立てでは、お前の膂力は13てとこだが、
まずは10のヤツを試してみろ」
「了解しました」
サイアスは返答すると割れた補充兵の中央をスタスタと進んでいき、
10と書かれた木箱から手槍を取り出した。
持てなくはないが、そこそこ重いようだ。
昨日魚人に投げつけたものと比して数倍の重さがありそうだった。
サイアスは重心を確かめるように数度手槍を旋回させ、
よい按配の位置を掴むと地表の線から数歩後方へ下がった。
「では、投げます」
「おぅ」
サイアスは手槍を振りかぶり、踏み込み様に投げつけた。
ズン、と音がして手槍は土壁に半ばまで突き刺さった。




