サイアスの千日物語 三十一日目 その十七
「これで諸君らは当城砦の一員となった。
新たな同胞を得たことを嬉しく思う」
指揮壇上の騎士団長チェルニー・フェルモリアは、
くるくると旋回させた佩剣を鞘へと戻した。
指揮壇左右の4名もその剣を腰へと戻し、
剣礼を終えた補充兵の群れも再び直立不動へと戻った。
「私からは以上だが、諸君への話は今しばらく続けさせて貰う。
まずは諸君らが仕えるべき4名の将から、諸君らへ挨拶がある」
そういってチェルニー・フェルモリアは両の手を広げた。
「諸君らの配属を決めるのは我々だが、
諸君らの意思を尊重せぬというわけではない。
もしもこれぞと思う将が見つかったなら、その旨を伝えよ。
状況に応じて善処しよう」
「では第一戦隊長から順に。諸君。しかと聞くがいい」
チェルニー・フェルモリアは厳かにそう告げると
脇に控える巨漢の武者に頷き、そしてニヤリと笑った。
サイアスはその笑顔に底知れぬ不安を覚えた。
そして誰よりも早く耳を塞いだ。
「ぁん? お前何やって」
件の騒がしい男がサイアスに向き直ったその時、
再び広場を爆音が襲った。
「ゥオオゥウッッ!!」
指揮壇脇の巨漢の武者が、両腕を両の腰に引きつけ、盛大に吠えた。
騎士団長の「しかと聞くがいい」という言葉を受けて、しっかりと
聞く態勢に入っていた200余名の補充兵は完全に不意を突かれ、
比類なき馬鹿でかさの雄たけびをモロに食らい、中には失神する者もいた。
「あぅあ、う…… ぐ、ぇあ……」
サイアスの脇の男は、サイアスに向き直ったがゆえに
耳を巨漢へと直に向けており、
最前列の特等席で、爆音に自ら聞き耳を立てた格好となった。
男はフラフラと半ば酩酊状態になって、呻きながらも何とかバランス
を保とうとしていた。サイアスは倒れて来られると面倒なので数歩離れた。
「ガハハハ、ほんの挨拶代わりだ。気に入ったか!
俺はオッピドゥス。第一戦隊長のオッピドゥス・マグナラウタスだ」
巨漢の武者は、吠え声よりは僅かに小さいかな程度の声で、そう告げた。
「第一戦隊は本城砦の主力部隊だ。役目は防衛!
倒すより防ぐ、がモットーだ。武器は盾、防具も盾。
盾二刀流も大歓迎! 普段は城砦に詰め、ひたすら訓練。
敵が攻めてきたら、そっからは昼夜無しだ。ひたすら篭って守り抜く!
俺らが守るのは何も建物だけじゃねぇ。味方の命だってしっかと守る!
ゆえに宴じゃ最前線に立ち、敵の猛攻をがっつり受け止め弾き返す。
守るため、防ぐための戦がしたければうちに来い。
人類最強の引きこもりに仕上げてやるぜ。ガハハハッ!」
オッピドゥス・マグナラウタスはそう告げると、
右の拳を轟然と突き上げ右足を一歩、ズシンと踏み出した。
正直なところ、サイアスにはこの巨漢が本当に人なのか疑わしかった。
大ヒルの方がまだ華奢な気すらしていた。
「アカン、あれはアカン…… 戦闘なしで戦死する気がするぜぇ……」
脇でフラフラと楕円を描いていた男は、既に回復しつつあった。
かなり丈夫そうだ、盾代わりには良いかもしれない、とサイアスは思った。
「ククク、オッピドゥスよ。貴重な補充兵を壊すな……」
特徴的な笑い声と共に、次はローディスが語りだした。
さきの巨漢に比べれば乙女の囁きのごとき大きさの声ではあるが、
それでも聞く者にけして無視できぬ威圧感を与え、響いていた。
「第二戦隊のローディスだ。
第二戦隊は攻撃に特化した城砦随一の斬り込み隊だ。
奇襲潜伏だまし討ち。敵を倒すためなら何だってやる。
第一の連中が身体を張って敵を止め、
我々が一瞬の隙を活かして敵を仕留める。それがここでの戦い方だ。
一瞬の煌きに全てを賭け、美事勝利を掴みたい者は来い。
貴様らの命が輝く最高の舞台、このローディスが用意してやろう……」
ローディスは不敵な笑みと共に挨拶を終えた。
「おぉ、あれが『剣聖』ローディスか……
なんかかっけーなぁ。声も渋いし。歌声とか超聴いてみたくないか?」
件の男はすっかり立ち直り、命知らずな感想を述べていた。
今度機会があれば、是非ローディスに伝えてやろう。
きっと大喜びで歌って聴かせ、この男も本懐を遂げるだろう……
サイアスはそんなことを思ったりしていた。




