サイアスの千日物語 三十一日目 その十六
第三戦隊の営舎前広場に集う200余の補充兵の群れは、
これまで経験したことのない圧倒的な音と威圧感の只中で、
しわぶき一つ飛ばすことなく直立不動を保っていた。
壇上の男は一通り眼前の不揃いな粒たちを見渡し、
一息いれて声を発した。
「諸君。平原を渡り荒野を越え、よくぞここまでやってきた。
平原西方連合軍所属・西域守護城砦が一城、中央城砦。
通称「人智の境界」は諸君らの意気を大いに評し、
敬意を以って迎え入れる。
城砦騎士団団長チェルニー・フェルモリアは
その名を掲げ、諸君らを歓迎する」
壇上に威を放つ漆黒の騎士は誇らかにそう告げ、頷いた。
チェルニー・フェルモリアはさらに続けた。
「諸君。諸君らにはこの先覚えおくべき三つの名がある。
一つは当城砦の名。諸君がその命を燃やし戦いぬく晴れ舞台の名だ。
それは魔の住処たる荒野に毅然と立ち、魔の歯牙をはねのけ
人の住まう平原を守り抜く、金剛不壊の盾の名だ。
一つは諸君らの眼前に立つ4名の将の名。
諸君らを率い、切っ先を連ねて歩く英雄たちの名だ。
それは譬え身が朽ち魂が擦り切れようとも、
永久に共にあり諸君らを照らす灯の名だ。
最後は諸君ら自身の名。護るべきかけがえの無いものたちのために、
自らの命を投げ捨てて厭わぬ気高き勇者の名だ。
それはたとえどれほどの月日が流れ去ろうとも、
朽ちくすむことのない輝きを燦然と放つ黄金の名だ。
人はいずれ死ぬ。老若男女、貴賎富貴の区別なく、
命の鼓動を打ち紡ぐものは、いつか必ずその曲を奏で終える。
だからこそ人は悩み、苦しみ、自らの生きる意味を探す。
諸君。この地に集った諸君は、自らの生きる意味を得た者たちだ。
人のために戦い、人のために自らを捧げ、
そして死ぬことを選んだ者たちだ。
諸君。その名を誇れ。この地と自らの将の名を誇るがいい。
我ら城砦騎士団1000名は、一人残らず変わりない。
我らは魔の侵攻を阻む盾であり、魔を切り伏せる剣である」
城砦騎士団長チェルニー・フェルモリアはそう語ると、
自らの佩剣を抜き放ち、切っ先を天にして胸前に構えた。
指揮壇左右の4名の将もそれに倣い、
200余名の補充兵のうち、武器を持つ者は武器を手に、
武器の無いものは腕のみを掲げ、思い思いの仕方でそれに倣った。
剣礼。自らの魂と言の葉を、剣と天に問い誓う神聖なる儀式。
怯え怯む不揃いな粒たちは、各個たる意志と誇りをもつ軍集団となった。
今この場に集う200余の補充兵はそれぞれが一人の城砦兵士へと、
人の世の存亡を担う気高き戦士へと生まれ変わったのだった。




