サイアスの千日物語 百二十二日目 その四
遠く果て無き太古より弛まず天路を渡る陽が
往路の最中を過ぎた頃。
城砦騎士団の時制では第三時間区分初頭終端、
遠からず午後二時になんなんとする頃。
大地に根ざし屹立し、ついに落成したばかりの
歌陵楼、通称サイアス楼の四層の上部。
丁度中央城砦外部防壁のうち南北の城門の直上に
等しい高みに在る大振りな指揮壇。
その中枢に騎影を留める兵団長にして大隊長。
サイアスは陽を背に北東の地平を眺めていた。
それが如何なる理由によってかは未だ定かでは
ないものの、荒野の日差しは熱量に乏しい。
夏場といえどジリジリ照り焼いて地をヒビ割る
強烈な日差しとは縁遠く、また大なる水源が
遠からぬ位置に在る事もあってか、中央城砦と
大小の湿原の狭間となるこの一帯は、荒野でも
とりわけ沃土と呼び得る潤いに満ちていた。
巨岩や砂礫も散在するものの総じて存外に
砂地が乏しく、地はそれなりに草に覆われて
潅木や池なども視界内には散在していた。
大地に立って先を見る者にとっては
1000オッピとは地平線の在り処である。
総体としてはなだらかなりと言えど相応には
起伏に富む当地では、丁度半分の500オッピ
地点に聳える高さ4オッピ近い指揮壇。
その馬上から望んで初めて北東の支城ビフレスト
の南城郭が視界に入る格好であった。
歌陵楼からビフレストが見えるという事は
つまりビフレストからも歌陵楼が見えている。
よって歌陵楼の上部には光通信や狼煙のための
諸設備が備え付けられており、今も参謀部より
出向の正軍師が北東よりの断続的な明滅を
聞きなれた城砦騎士団の公用語たる共通語に
翻訳し発していた。
「閣下、ビフレストより通信入りました。
トーラナよりの帰境兵員輸送部隊第9便が
北城郭に入城。南城郭からの進発予定時刻は
二時半との事です」
荒野の中央城砦から平原へと帰境して
アウクシリウム等での特別休暇にあたる
兵員輸送部隊は全10便。最終便も既に
5日前に城砦を発っており、5日後に
戻ってくる予定となっていた。
「了解した。ガーウェイン中隊は?」
と手短にサイアス。
「既に視界に入っております。
先陣が当地の南西20、本体は40。
ロイエ隊の西手を進軍中です」
これにはディードが答えてみせた。
現状楼閣の上部に姿が在るのは
シヴァに乗ったサイアス、背にニティヤ。
傍らにディード、正軍師たる女性。
あとは通信の補助等を担う新兵数名と
積荷に紛れて寝転がり、往く雲を眺め寛ぐ
「魔弾」の射手たるラーズであった。
歌陵楼は上部が東西方向に15オッピ。
南北方向に5オッピで、さらに舗装路が
南北に5オッピずつとなっていた。
地平に立って南北方向に見れば分厚い鳥居。
上空より斜めに見下ろせば東方伝統の生魚食、
「寿司」の盛り付け台、或いはいっそ
鼻緒無き厚歯な下駄の様相であった。
現状歌陵楼の建物の周囲にはランド率いる
25名が展開し、楼内への資材搬入や内装の
組み付け、さらには舗装路の仕上げなどを
おこなっていた。
これらランド隊を囲う格好で東西南北四面に
一戦隊と二戦隊の混成部隊となる守備隊32名
を配し、クリームヒルトが指揮を執っていた。
一方ロイエは遊撃と哨戒を担う機動部隊を編成し
現在は歌陵楼の真南約50オッピ付近に布陣。
進軍してくるガーウェイン中隊の陣列を見守る
格好となっていた。
此度の作戦においてロイエに預けられたのは
一戦隊精兵10名、二戦隊抜刀隊二番隊10名
及び切り込み隊10名。いずれ劣らぬ30名の
猛者に加え副官にデネブ。軍師にコロナ。さらに
これに祈祷士1名を添えた最精鋭32名であった。
「全て定刻通り。総じて理想的な進捗だね。
敵の一手目もそろそろといったところか」
サイアスは軍師にそう告げた。
眼下では徐々に近づくガーウェイン中隊と
その長、老将ガーウェインが楼上の兵団長へと
敬礼しつつ進軍。サイアスもまた敬礼を返し
頷き微笑んでいた。
「御意。統率者が四枚羽であるのかそれとも
奸智公爵そのものであるのかによって
敵の攻め手も大別されますが……」
眷属は基本、相食む関係にある。
ここに魔が絡むと一枚岩の軍勢となる。
即ち食うか食われるかの羽牙とできそこないが
手を取り合って舞い踊り、人を襲い食らうのだ。
よって魔の意向次第で敵勢は激変する。
そこを見切るのが策の鍵でもあった。
サイアスは逡巡を見せる軍師にクスリと笑んだ。
「多少自惚れて良いならば、
奸智公爵はそれはもう私にぞっこんさ。
ここでこうしているのをみすみす
放っては置けないだろう」
そして
「調子に乗るな」
と背後から頬を引っ張られ
「ごふぇんなひゃい……」
と即反省した。
遠間ではラーズがクツクツ笑って肩を揺すり、
かつ、とばっちりを避けそっぽを向いていた。
「姫、我が君。西手を通過中の
ガーウェイン中隊が敬礼しながら
笑っていますよ。しゃんとしてください」
とやんわり叱責するディード。
ニティヤはすぐに手を引っ込め
素知らぬ風を装った。
「おっと。書状は?」
と問うサイアス。
「既に」
これに短く軍師が応え
「そうか。なら良かった。」
とサイアスは南方を見やった。
一際高い楼閣の上部の
一際高い指揮壇の上で
一際高く、馬上にあるサイアス。
その瞳は南東より大湿原の潅木に沿って
染み入るように這うように密やかに迫る
敵の一群をいち早く捉えた。
「南東に敵影、恐らくできそこないだ。
ロイエたちからはまだ見えないだろう。
デネブに通信を」
涼やかな、それでいて有無を言わせぬ
そんな声を発するサイアス。
「ハッ」
ディードと軍師が短く応じ敬礼した。
1オッピ≒4メートル




