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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十一日目 その十三

サイアスは玻璃の珠時計の扱いについて軽くベオルクと話をした後、

入砦式の会場である第三戦隊営舎前広場へと向かうことにした。

第三戦隊の営舎は本城をはさんだ真南に位置し、

第四戦隊の営舎からは歩いて10分と掛からぬ位置であった。

いよいよ詰め所を出ようというところで、

ベオルクが呼び止めてきた。その表情には幽かに逡巡の色が見られた。


「サイアス。実はな……

 今回の補充兵に関して、やや気になる点がある。数が多すぎるのだ」


ベオルクはさらに続けた。


「本来なら今回の補充兵は150名の予定だった。

 だが実際到着したのは200名だ。数が多いのは基本的に歓迎だが、

 大幅に予定と合わぬのは、流石に気がかりと言わざるを得ない。 

 ……今回の補充兵はトリクティアが中心となって集めたものだ。

 訓練課程の主管は第三戦隊。第三戦隊の長はブーク卿。

 そしてブーク卿の出自はトリクティア貴族だ。

 何か我々には話せぬ事情があるやもしれぬ。

 一応気に留めておいてくれ」


「なるほど…… 心得ました」


サイアスはそう返事した。


「うむ。入砦式には私も出席する。騎士団長以下、各戦隊の代表が

 一堂に会することになるぞ。もっともお前は既に、

 その全員と面識を持っているがな」


そう言ってベオルクは苦笑した。

過日第四戦隊の営舎で行われた軍議において、

サイアスは城砦を代表する重要人物の全てと面識を持っており、

さらに騎士団長その人から、恩賞の勲功が下賜されていたのだ。


「どいつもこいつも曲者揃いだが、まぁ宜しくやってくれ」


ベオルクは自分を棚に上げつつそう言った。


「はい。それでは行って参ります」


サイアスはそう言うと一礼して詰め所を後にした。



本城の西の突端を越え、さらに南へと進むサイアスの目に、

巨大な第三戦隊の営舎が飛び込んできた。

第四戦隊の営舎は狭くはないものの平屋建てであり、

内部には充実した施設をもつものの、外観は質素なものだった。

今前方に全貌を示しはじめた第三戦隊の営舎は、

直方体を内接円状の内壁に沿って曲げた弧のような形状をしており、

3階建ての一際立派なものだった。


営舎の手前の横長な広場には無数の天幕が建てられており、

今は大勢の兵士たちが、こぞってそれらを片付けていた。

昨日入砦した200名の補充兵たちは、小分けにされて

それらで寝泊りしていたようだ。


サイアスは玻璃の珠時計を取り出し、確認した。

時計は9時を少しまわった辺りを示していた。

今すぐ行っても邪魔になると考えたサイアスは、

しばし広場に散らばる補充兵の群れを観察することにした。


サイアスの見立てでは、補充兵の群れは概ね三つの集団に分かれていた。


一つ目の集団は統一性こそ無いものの、各個に持ち寄った武具で身を固め、

周囲の喧騒を余所に、落ち着いた立ち居振る舞いをしていた。

概ね50名程のこの集団は、おそらく各国軍や傭兵団で

実戦経験を積んだ兵士たちによる、志願兵の集まりと見てとれた。

志願兵の集団は広場の北寄り、ややサイアスに近い位置で

本城を背にして広場を見据えていた。

どこか、奇襲を警戒しつつ前方を窺う尖兵のような雰囲気を発していた。


二つ目の集団は広間のほぼ中央に位置する100名強の人の群れだ。

こちらはまさに単なる「群れ」であり、殆どが普段着で

自前の装備を持つものはごくごく稀であった。

防具を持たぬために外見から年齢の判別がつきやすく、

サイアスよりやや上の、20代前後の若者が多いようだった。

女性の数もそれなりに居た。そして年齢性別に関係なく、

周囲を不安と好奇の目でキョロキョロと見渡していた。


彼らがいわゆる「補充兵」なのだろう。

戦力指数で言えば確実に0であり、これから行われる訓練課程は

この集団の戦力指数を1に仕上げるのが専らの目標であると思われた。


最後の30名前後の一群は、広場の南方、

本城の南の突端に近い位置に集結していた。

「集結」という表現がとても似つかわしく、

身に着けた防具には統一性があり、一見まばらだが規則を持って配置され、

中心にいる人物を護衛しているような印象を受けた。

それはまるで、一個の兵団のようであった。


サイアスは目を細めつつ、一群の中心に立つ人物を見やった。

遠目にもはっきりと模様の判る、彩度の高い布地でできた

優雅なケープを羽織っており、

わずかに覗く四肢は金属の鈍い光を放っていた。

装備からして騎士階級かさらに上、貴族の類ではないかと思われた。

周囲を取り巻く集団は、ほぼ同一仕様の煮詰めた革鎧を纏い、

武器は剣を中心として、槍や弓を持つものが数名混じっていた。


サイアスはこの集団を、

中央の人物に雇われた傭兵団ではなかろうかと推察した。

ベオルクの言っていた「数が多すぎる」原因は、

この連中にあるのではないかと考え、

可能な限り距離を取って様子を見ようと思い至った。


サイアスは再び時計を見やった。遠からず9時30分になるようだ。

サイアスは天幕の処理を終えて引き上げ始めた兵士たちの合間を抜け、

広間の中央やや南西、丁度第三戦隊の営舎の真正面へと歩き始めた。

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