サイアスの千日物語 百十三日目 その十四
「彼と我。
鬱蒼たる茂みに隔てられ
互いに視えぬこの状況下で
なお対峙する相手を捕捉できたなら」
右手を掲げ30近い弓の使い手と共に
いざ矢を放つその時を待ち受ける
大隊長にして兵団長サイアスは語った。
サイアスの背後、南方では長弓部隊
15名が特徴的な上下非対称の弓を。
また斜め前方、北東では騎兵隊
11名が水平方向に寝かせた複合弓を。
計26名の射手が囮に反応し飛び出した
羽牙を瞬殺すべく気迫を充溢させていた。
「羽牙は視覚に頼らず索敵し得る、
そういう事になる。現時点で無反応な
時点で超常の、第六感の線は消えるだろう」
白金色の髪に陽光の煌きを宿し
陽光そのもの化身たる神馬に騎して。
果てなく見目麗しき将はそう告げたのだった。
その者金色の衣を纏いて碧き野に向き合うべし。
そう謳うには余りにも肉厚で余りにも豪快。
そしてカリっ・サクっ・フワっ、たる
食感三重奏を予感させる大仰で異形。
さらに複数である竜田揚げの肉像らが
湿原外縁部数オッピに迫るも未だ
敵勢に些かの反応なし。
これだけ異様なものが近似してなお
反応が無いならば、超感覚的な要素は
凡そ考慮に値しないと、サイアスは踏んだ。
故に眼耳鼻舌身意のうち眼と意が。
即ち色声香味触法のうち色と法が
それぞれ慮外と相成った。そこで
「次は臭覚を試すとしよう」
サイアスは40オッピと遠間にて不動な
筋肉の竜田揚げ衆へと頷いて見せた。
随分遠方で成された微細なその挙措を
鍛え上げられた外眼筋のお陰を以て、
なのかどうか。
軍師としては未だ見習い。
されど筋肉は一流たる軍師マッシモは
実に目敏く察知しその意図を汲み取った。
「諸君、遂に下ったぞ……
大隊長命令であるッ……」
げに勇ましき言動を、押し殺すようにして
密やかに最小限の音量で周囲に語るマッシモ。
果たしてこうなってよりどれ程の時が
経った事か。そう嘆きたくもなりそうな。
周囲のマッシブでバルクフルで衣たっぷりな
肉の囮たちはポージングを固め不動ながらも
眼だけでこれに頷いた。
そしてマッシモは極最小限の音量で叫んだ。
「時は今ッ! 解き放て、
『竜衣散華』ッ!!」
ものっそい密やかにそう叫んだ直後。
伝説の竜田の衣纏いし黄金の鉄の肉塊たちは
何と一斉に、そのポージングを変更した。
両の腕高らかに正面を向き構えていた者は
腰前で片方の手首を掴んで下半身を捻り。
両の豪腕を腰に当て正面を向き不動だった者は
後頭部で腕を組みつつ腹筋と大腿筋に集中し。
めいめいが先刻までとは別のポーズへと
変形しそして一気に己が筋肉を凝縮し
間髪いれず膨張させて展開。
結果彼らの総身を手厚く覆った黄金色の
竜田の衣ははち切れんばかりの肉厚の爆発に
よって木っ端微塵に散華して黄金の霧と化した。
惨憺たる惨状が地上に顕現した。
竜衣散華、筋肉開放のその瞬間まで
厚き竜田の衣に覆われ外気と隔絶されて
素晴らしく厚く熱く暑い筋肉と筋肉に懸ける
情熱が際限なく育んでいた膨大な
熱量と凝固した気概や闘志、筋肉愛。
有体にいってしまえば溜まりに溜まった
汗と体臭が一気に大気に開放されて蒸散した。
余りに濃ゆく余りに刺激的で危険に満ちた
濃縮還元なそれらは局地的な気温の上昇を招き
陽炎を、蜃気楼を発生させた。
遠間より射撃体勢を取って見守る者らは
余りの様に顔を顰めゥェ、と呻いた。
東西南北に頂点を持つ四角錐をした
中央城砦本城の斜面は北東へ向かう風を
起こしており、また小湿原を覆う大気は
少なくとも南方の陸地よりは涼やか。
ゆえに南手から北手へと大気は流れ、
色すら見えそうな常軌を逸した蒸気の群れは
小湿原へ。羽牙らの潜む朽ちた倒木や潅木の
織り成す茂みへと流れていった。
「……」
顔を背けるようにしつつも具に前方を
窺うサイアスと供回りそして射手たち。
「大気が歪んで見える程に濃厚な
人の体臭でなお飛び出さぬという事は」
まさにこのために囮の肉塊衆らを
蝋人形ならざる竜田人形に。密封状態に
しておいた兵団長閣下は
「羽牙の索敵は臭覚によるものではない。
そう見做してしまってよさそうだ」
と冷徹に分析した。
「……余りの臭いに失神している可能性は」
とディードが心底辟易してそう言った。
「大湿原は元々悪臭が酷いため、相対的に
緩和されそこまでの効能を持つことは
ないかと」
参謀部より派遣された正規の軍師たる女性が
軽く額を押さえつつそう告げた。
「その辺りの追試は参謀部に任せるとして」
無慈悲かつ冷徹にサイアスはそう述べて
「次の試行に移るとしよう。
大本命の『聴覚』だ」
と再びマッシモへ小さく頷いた。




