サイアスの千日物語 三十一日目 その十二
サイアスは手にした瑠璃石をうっとりとした目で見つめ、
返せなどと言われる前に、と早速身に着けることにした。
サイアスの首には、既に自前のペンダントが掛かっていた。
思い入れのある大切な品で、幼い頃からずっと身に付けているものだった。
サイアスはペンダント同士がぶつかることのないように、
自前のものは素肌とチュニックの狭間へ、
認識票はチュニックとコートオブプレートの狭間へと分けて落とし込んだ。
「ふふ、瑠璃石か…… ふふふ、これでもう、私のもの……」
サイアスはニヤニヤしつつ、何やらブツブツと呟いていた。
近くに居た兵士たちは、目を合わせないよう細心の注意を払いつつ、
そろりそろりと遠ざかっていった。
「ご満悦のところ悪いが、もう一つも見てくれ。そちらも逸品だぞ」
ベオルクは苦笑しつつそう言った。
サイアスははっと我に返り、慌ててそちらを眺め、
すぐに身を乗り出して食い入るように見つめだした。
それは、手のひらですっぽりと覆い隠せる程の大きさの、
淡い水色をした珠だった。色彩や光沢こそ水晶やアクアマリンといった
天然石を彷彿とさせるが、眼前の品は内部に複雑な機構を持つ、
機械仕掛けの玻璃の珠だった。
玻璃の珠の表面には、直径上を直角に交錯する、二枚の細く薄い
真鍮のプレートが巻き付いており、プレートの表面には
目盛りと数字が象嵌されていた。
縦に48、横に60を刻むそれらの象嵌は
珠の内にある奇妙な構造物と組み合わさって、
何らかの情報を示しているようだった。
玻璃の珠の内側には、透明な円柱を中央部分で縛り上げたような
円筒が二つあり、縛り上げた部分で縦と横を向けて重ね合わせ、
それぞれ縦と横に独立して回転する構造になっていた。
縦周りの円筒の内側には青い液体、
横周りの円筒の内側には赤い液体が詰められており、
透明な部分にも透明な液体が満たされているようだった。
青と赤の色をした液体はそれぞれの円筒において、
くびれを通ってわずかずつ他方の空隙へと移動しており、
円筒の底の部分には玻璃の珠外部の目盛りを指し示す
小さな突起が付いていた。
「どうだ。なかなかの代物だろう。それは『玻璃の珠時計』だ」
ベオルクは楽しげかつ得意げにそう言った。
その様はもはや、子供におもちゃを与える父親だった。
「中央の円筒に詰まった比重の違う液体が
移動するのにかかる時間を用い、円筒の底にある突起が
指し示す外周の目盛りで時間と日付を読み取るのだ。
……時計や時刻そのものについては、既に知識があるとみて良いな?」
ベオルクは一応の確認を取った。
大国の都市部ですら個人で時計を持つものは極少数であり、
大半の人々は広場の日時計や鐘の音などで
大まかな時間のみを把握し生活していたからだ。
「村では何箇所かに設置した日時計と、
うちの屋敷にある大きな水時計で時間を計っていました。
これは砂時計の一種ですか?
こんなに小さく精巧なものは初めて見ました」
サイアスは感嘆しつつそう言った。
サイアスの故郷ラインドルフにおいては、日時計は村の中央に
位置する広場と村の東西南北の突端にあたる場所に設置し、
太陽の差す影を元に大まかな時間を計っていた。
もっとも日時計は晴天かつ日中でないと機能しないため、
狩りや釣り、野良仕事等大まかな時間が判ればいい
野外の作業で副次的に用いていた。
日時計の機能で足りぬ分は、領主たるラインドルフ家の屋敷において
複雑な溝の刻まれた器に水を流し込み、水の雫が落ちゆく時間を元にして、
昼夜の時間を把握していた。
大抵の国や街においてもほぼ同様の形式であり、
時間の管理は支配階級の特権の一つともされていた。
「それは油時計の一種だな。詳しい仕組みは私にも判らんが、
魔術的な要素も盛り込まれた大層複雑な代物だ。
縦の目盛りは一日を48に分け、
横の目盛りは一朔望月を60に分けて報せる。
指揮官向けの文書にはこれらを組み合わせた時間の記述が
出てくることも多い。しっかり慣れておいてくれ。
さらに詳細を学びたい場合は、参謀部の資料室に行くといい。
あそこは知識の宝庫だからな」
ベオルクはそう言うと、懐から自身の時計を取り出して言った。
「入砦式は9時30分からだ。あと40分というところかな」
「了解しました。備えておきます」
サイアスは手にした自身の時計を眺めつつそう答えた。




