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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 二十四日目

どこか妖しい調合士の手伝いを始めて4日目の朝。

サイアスの逗留する宿に書状が届けられた。

城砦騎士ベオルクからの返書だ。

どうやら輸送部隊とは別に早馬を使ったらしい。

早速サイアスは内容を確認した。


書状にはサイアスの意思を了承したこと、

そして最大限便宜を図る意向である旨とが

書かれていた。また、翌朝出発する物資輸送の

部隊と同行できるよう手配を済ませたともあった。

まさに至れり尽くせりだ。


サイアスは書状を手にしたまま、

バザーをちら見しつつ調合士の店へと向かった。




「明日発ちます」


サイアスは書状を差し出しながらそう言った。


「何よ、私に読めっていうの?」


女店主はぶつぶつ言いつつも

書状を受け取り読み通した。


「ふむふむ、なるほどねー。

 良かったじゃない味方がいて」


「父の遺産です。感謝してもしきれない」


「よく出来たお子さんだこと。

 なかなかそういうセリフ出ないわよ」


女店主は肩をすくめた。


「さて、私は最後の仕上げでもするか。

 あなたはそこの一山磨り潰しといてねー」


そう言って指差した先には香木や鉱石、

貝殻や骨といった素材が積み上げられていた。


「……はい」


サイアスは殉教者のような面持ちで

素材の山と対峙した。




夕刻。陽の名残が去り往こうとする頃、

サイアスはようやく素材を始末し終えた。


「大したものねぇ。お陰ですっかり助かったわ!

 誰か雇おうかと真剣に考えていたくらいだもの」


女店主は感嘆とともに告げた。

手には大きな盆をもっている。

上には小瓶と皮袋と布地そして細長い包み。


「できれば二度とやりたくない。

 伯父の訓練よりきつい……」


サイアスはぐったりしていた。

手はまだプルプルと震えている。


「わかってないわね。

 訓練は自分のため。仕事は人のため。

 きついのは当然でしょ?」


女店主は薄く笑って得意げに述べた。


「訓練が仕事の場合はどうなりますか」


騎士や兵士等、およそ戦に携わる者の

平時の仕事といえば、何を置いても訓練である。


「……洒落にならないわね。

 私なら逃げ出すわ」


女店主はやや茶目っ気を見せそう言うと

テーブルに盆を置きサイアスに示した。


「はい、この小瓶が注文の品ね。

 皮袋には余った粉末。どの成分が効くのか

 判らないから、とにかく片っ端から

 放り込んでみたわ。効果があるといいわねぇ」


随分投げやりな説明で示された小瓶の中身は

時間を掛けて深い緑と青、黒にその色合いを

変じることを繰り返していた。


メディナは次に布地を指さした。

生地のきめは細かく肌触りこそ良さそうだが、

こちらも小瓶の中身と同様に周期的な変色を

繰り返し不可思議な光沢を放っていた。


「これは小瓶の中身と同じもので染めた布地。

 外套にでもしなさい。そして……」


細長い包みの布を取り払うと、

細身の短剣が姿を現した。


「真銀の短剣よ。

 儀式用の品だけれど

 気休めにはなるかしら」


刃の身幅は指一本分程度。

装飾の類は一切なく柄は黒一色だった。

薄い両刃には波紋に似た紋様が広がり、

どこか生きて蠢いているかのような

錯覚を起こさせた。


「えっと、これはどういう……」


次々に飛び出す品々と矢継ぎ早の説明に

サイアスは小首を傾げ女店主を見つめた。


「サービスよ!

 またのご来店をお待ちしております

 ってことで」


女店主はすぃとヴェールを取り

サイアスに向かって微笑んだ。

サイアスは思わず息を呑んだ。

燃える様な真紅の瞳と、凍える様な雪白の肌。

人の容貌でありながら、人の領域を超えた者。


「まだ名乗っていなかったわね。

 私はメディナ。魔よりは人に近い、

 まぁそんな感じの存在よ」


身の竦むような、それでいて魂ごと

投げ出し差し出したくなるような。

峻厳なる山、遼遠たる海原、そして無辺の闇。

そうした圧倒的な存在に対峙したかのような

感覚をサイアスは覚えた。


だがそこに威圧や敵意はなく、

むしろ慈しみが満ち溢れていた。

メディナは柔らかく笑み、そして告げた。


「生き残りなさい、サイアス。

 また会いに来なさいな」

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