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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十一日目 その十一

サイアスは羽織っていたガンビスンを椅子に掛け、

薄手のチュニック一枚の上にコートオブプレートを着込んだ。

そして随所に細かい傷の有るベルトの左側面に折れた帯剣を、

そのやや後ろにバックラーを吊るし、そして念のために、と

筆記用の小道具と紙を入れたポーチを右側面に取り付け、

一通りの準備をなし終えた。割れたサレットは左手で抱えた。


ふと足元を見やり、左のブーツの膝当てを失していることに

今更ながら気付いたが、ブーツや手袋それ自体は取り立てて

破損が無いようなので良しとした。どうやら硬度のある、

防護力の高いものほど率先して壊れていくらしいと気付き、

サイアスは薄く笑った。

弱き民を護るため、率先して死地へと赴き死んでいく

城砦兵士に似ていると思ったからだ。



サイアスが一礼して詰め所に入ると、卓上に派手に広げた荷物の

前で、ベオルクが他の兵士とともに書面を眺めていた。

備品の点数の確認をしているようだった。


「お待たせいたしました」


サイアスはそう挨拶をしてそちらへと向かった。


「来たかサイアス。これらは全てお前への支給品だ。

 瑕疵はこちらで確認済みだ。一旦居室へ運ぶといい」


そう言ってベオルクは脇に置いてあった空の木箱を示した。

卓上に広げられていたのはほぼ衣類で、兵士用の上下の平服や下着、

他には手ぬぐいやさらしといった布製の小物だった。


「判りました。すぐに戻ります」


サイアスはそう言うと手早く木箱に備品を詰め、

居室へと引き返し、また戻ってきた。

ベオルクは今度は卓上に小さな木箱を置き、書面を確認していた。


「サイアス、貴重品だ。無くさんようにな」


ベオルクはそういうと木箱の蓋を開け、中身を示した。

小さな木箱の中身は二つの貴金属品だった。



一つはペンダントだ。それは首に通す皮紐と正方形の金属のプレート、

そしてその下に吊るされた宝石で構成された、とても美々しいものだった。


細い黒の革紐の先には、両手の親指の第一関節部分を合わせた

程度の大きさをした、青みがかった銀色の光沢を放つ

薄い正方形のプレートが付いていた。

プレートの中央は円形に大きく刳り貫かれており、

そこに各頂点を上下左右に向けた薄い金色の正方形のプレートが

取り付けられ、内接円と金の正方形に挟まれた四部位の内、

左上の空隙には、水色に輝く小さな石が嵌め込まれていた。


そしてプレートの下部には再び細い革紐を介し、

金色の細枝に生るような意匠の宝飾に掴まれた、

深みの有る涙滴状の蒼い石があった。


その石は夜明け前の空のような深い蒼色をして、

その身に無数の金色の点や条線を内包していた。

それらは夜空に輝く幾多の星の煌きと

星たちの泳ぐ天の川に似て、

見つめるサイアスに微笑みかけているようだった。


「気に入ったか? それはお前の兵士たる証、認識票だ。

 正方形の銀のプレートは、城砦を俯瞰した見取り図になっている。

 石の嵌っている場所は営舎の位置だ。

 左上なら第四戦隊に所属していることを示す。

 嵌っている石の色は階級を指していて、

 新兵は土色、兵士は水色、兵士長は紅色だ。

 騎士は各自好みの色を選べることになっている。そして」


ベオルクはニヤリとして続けた。


「プレートの下の宝石はな、異名持ちの証だ。お前のその石は瑠璃石。

 永遠の誓いを意味する石だ。「誓いの歌姫」の象徴ということだ」


「おー」


サイアスは素直に感動していた。

サイアスは幼少時より光る石を集めるのが大好きで、

村の自室にはこれまでに溜め込んだ大量の小石が眠っていた。

親指の爪程の大きさのこの瑠璃石は深く力強い蒼と金の輝きを放ち、

サイアスを魅了して已まなかった。


「なんと美しい…… 歌姫になれて良かったです」


サイアスはこれほどの瑠璃石を見たのは初めてだった。

このときばかりは奇妙な異名を付けたデレクらに心底感謝していた。

ベオルクはそれを聞いて笑い出した。


「ふむ、お前は宝石が好きか? 

 なら喜ぶといい。この城砦には派兵や赴任を渋った王侯貴族が

 送って寄越した宝石が大量にある。お前のそれは、

 フェルモリア南部の小国が寄越した『夜空の涙』だそうだ。

 宝石は魔術の触媒として利用価値があるという話でな、

 またまだ凄いのがゴロゴロしている。

 手柄を立てれば選り取り見取りだぞ」


「……俄然やる気がでてきました。魔ごとき私が殲滅しましょう」


サイアスはそう言って何度も頷いた。

城砦中の宝石を我が物とせん、とする覚悟だった。


「ハハハ! 結構だ! 

 好きな石を言え。飛び切りの上物を予約しといてやろう」


サイアスの子供っぽい一面を見れたせいか、

ベオルクは実に楽しげに笑っていた。

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