サイアスの千日物語 三十一日目 その十
「ではこの場はこれまでとしよう。
サイアス、一息入れたら詰め所にきてくれ。渡すものがある」
ベオルクはそう言って席を立った。
「判りました」
サイアスは立ち上がってそう言い、敬礼した。
「サイアス君。訓練過程中の二十日間は、時刻を報せる鐘が鳴る。
補充兵はそれで訓練の開始時刻などを判断するのだ。
君には後ほど渡されるだろうが、兵士長未満は時計を持たないからね。
敢えて時間を知る術を与えず常に緊張状態に置いて、何時であろうと
即応できる態勢を整えるのが狙いなのだが」
ブークは苦笑しつつ続けた。
「時間が判らないのをいいことに、ギリギリまでサボる連中もいてね。
まったく困ったものだよ…… っとすまん愚痴を聞かせてしまった。
ともあれ、だ。あと一刻程で最初の鐘が鳴る。二連打を三回だ。
それが聞こえたら集合の合図だから、
第三戦隊の営舎前広場に来てくれたまえ。
人だかりができているだろうから、すぐに判るはずだ」
「了解しました、閣下。
二十日間お世話になります。宜しくお願いいたします」
サイアスはブークに敬礼した。ブークは笑顔で頷き、
サイアスの肩をポンと叩いて退出した。そのすぐ後をベオルクが追った。
「私に敬礼は要らないわ。今夜半にでも軍議があるでしょうから、
その時にまた会いましょう。じゃあね」
マナサはサイアスに微笑むと、すっと姿を消した。
ドアから出て行ったのか天井に消えたのか、
サイアスには判断が付かなかった。
部屋に一人きりとなったサイアスは、まずは運び込まれた
椅子の始末をつけ、次いで食器などを処理し、最後に
昨日の戦闘で傷んだ装備をつぶさに調べることにした。
まずはサレットを検めた。左側頭部、丁度耳の上辺りにあった
木の枝の装飾が折れ、その辺りから割れて歪んでいた。
これはもうどうにも被れそうにないので早々に諦め、
今後は綺麗に洗った上で裏側に布でも敷き詰めて、
クシャーナの餌入れにしようと決めた。
次にコートオブプレートを手にとった。
着込む分には問題なさそうだが、左半身の板金が吹き飛んでいた。
布地は止め具とその周辺が傷んでおり、随所に土や血が付着していて
綺麗にするには相当骨が折れそうだった。
結局これも処分せざるを得ないだろうとサイアスは思った。
王立騎士団の帯剣については、もはや言わずもがなの状態だった。
切っ先から拳二つ分ほど下の、丁度斬撃で敵に当てる位置で
ものの見事にへし折れており、折れた切っ先も見つからなかった。
手に馴染んでいた品ではあるが、放棄せざるを得ないのは明白だった。
バックラーは唯一原型を留めていたが、そもそも盾は長持ちしないものだ。
盾は使い捨ての最たる装備であり、立派な大盾ですら
戦斧の打撃を二、三度受ければ割れて砕ける定めであった。
昨日散々用いたバックラーにも相当疲労が蓄積しているはずであり、
戦場で壊れるくらいなら、とサイアスはこれも処分することに決めた。
結局、昨日用いた装備は全て放棄する羽目になった。
そこでサイアスは昨日デレクらに言われた通り、
自分を護ったこれらの武具にせめて最後の晴れ舞台を、と
入砦式に装備していくことにした。




