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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十一日目 その九

「大体こんなところかしらね? 

 一言でいえば、目に見える脅威が迫っているということ。

 サイアスにはその備えになれ、というわけね」


マナサはまとめるようにそういうと話を終えた。



朝の陽射しが少しずつ窓から投げ込む色を増やし、

ランプ無しで十分な明るさを室内にもたらし始めた。

城砦ではランプや松明は一日中火をともしたままだが、

個人の居室においてはその限りではなかった。

廊下に火種はいくらでもあるため、

灯りが必要な際はそちらから火を摂れば良いからだ。


サイアスはランプの火を消すと、

高窓を開けて空気を入れ替え、そして再び椅子へと戻った。


「かなり長居を決め込んでしまいましたな……

 サイアス君。我々の話は概ねここまでになるが、

 どうだろう。理解して貰えただろうか」


ブークはサイアスを気遣うようにそう問うた。


「はい閣下。役目は必ず果たして御覧に入れます」


「うむ、宜しく頼むよ……」 


ブークは深く頷いた。



「しかし、地下迷宮な…… ブーク卿、どう思われますかな」


ベオルクはマナサのその一言をただの冗談とは思えなかったようだ。


「砦建造より蓋然性が高い気がしますな……」


ブークは腕組みし、さらに口元に手をやって黙考した。


「これまで我々が魔を撃破した例を見ても、魔にとって

 日中の休眠期間が絶対的な弱点であるのは明白。砦を築き

 眷属どもを常駐させ、昼の護りとしつつ当城砦攻略の

 橋頭堡とし、攻守に渡る要と成す気だ、と考えるのが、

 おそらく軍人として正しいのでしょうが」


ブークはさらに続けた。


「これは我々が平原での人同士の争いを経て

 身に着けた発想ですからな。魔に適用するのは少々危険な気がします。

 それに魔としては時間稼ぎできさえすれば良いのですから、

 数による力押しの利く地上の城砦より、少数でしか突入できず

 数という人の利点を活かせない地下迷宮を選ぶというのは

 合理性を伴っていると思われます」


「確かに…… 

 それに今回の一連の流れを仕切っているらしい魔は、どうにも

 洒落た真似を好むようですからな。効率半分、遊び半分で

 地下迷宮をこさえるくらいやりかねない、という気もします。

 半日で攻略できねば、突入部隊はそのまま餌となるわけですしな。

 護衛に放った眷族の餌にもできて一石二鳥。問題は魔自身が

 気軽に外へと出て来れぬ点ですが、此度の魔は、自分で動くより

 罠を仕掛けて見て楽しむのを好んでいる気がします。

 まぁ、勘ですが」


ベオルクもほぼ同様の見解を得ていたようだった。

ブークはさらに続けた。


「……今にして思えば、過日の輸送部隊への妨害から続く

 一連の仕掛けは、丘陵への建造物設営を妨害されぬために

 おこなっていた、という気もいたしますな……

 いやはや、知略に長けて抜かりなく、それでいて遊び心を忘れない。

 眷属を巧みに操り、人を弄びつつ、大層周到にことを運ぶ。

『奸智公爵』とでも命名すべきでしょうか」


「命名…… ですか?」


サイアスは問うた。

そういえば魔や眷属の呼び名はどうやって決まっているのだろう、と

サイアスは少し疑問に感じていた。


「ん? あぁ。魔や眷属と言った手合いへの呼称はな、

 第一発見者に命名権が発生するのだ。発見者が部隊や戦隊であれば、

 その中で候補を出して決める。『できそこない』や『羽牙』『魚人』

 などはそうやって決まった。命名者のセンスが問われるといえるな」


ベオルクはそう言い、ブークが引き継いだ。


「魔の場合は眷属との明確な格の違いが判るように、

 爵位を冠した名前を付けるのが常でね。そこでさっきはあのように

 言ったのだが、私に命名権があるわけではないから、

 聞き流しておいてくれたまえ」


「命名は既知の魔とは違う新しい魔である、

 というのが前提になるからな、まずはそこから調べ上げねばならん。

 ……魔の数は増えず、減る一方だと言われている。

 これまで未発見だっただけにせよ、新規に登場した魔だと判明したら、

 大騒ぎになるのはまず確実だ」



「ともあれ、一度軍議にかけた方が良いだろうな……

 マナサよ。お前にも出てもらうぞ」


ベオルクはそう言った。


「イヤよ? 冗談じゃないわ」


マナサはにべもなく言った。


「サイアスだから『全部』話しただけ。

 憶測に証言を求められるのはお断りよ。そんなことで

 狭い部屋にむさい親父の群れと一緒だなんて耐えられないわ」


マナサはお手上げといった様子だ。


「む、むさい親父の群れ、ですか……」


ブークは二の句が継げないようだ。


「くさい親父の群れ、も付け足しておくわ」


マナサはさらにトドメを刺しにきた。


「チッ、めんどくさい女め…… 

 しかし魔王の地下迷宮だなどと、私もブーク卿も、

 いい歳をして恥ずかしくて言えるものか。

 致し方ない、ここは一つ……」


ベオルクはサイアスを見た。サイアスはとても嫌な予感がした。


「サイアスに提言させるか……」


予感は的中した。


「私も、むさくてくさい親父の群れは嫌です」


サイアスはさらりと毒を吐いた。マナサは微笑みつつ頷いていた。


「何ィ? そのうち自分だってそうなるというのに、こいつは……」


「あら、サイアスはそうはならないわよ。素敵な叔父様になるの」


「その通りです」


マナサは笑い、サイアスは頷いた。どうにも息が合うようだ。

ベオルクはヒゲを撫でつつ盛大にしかめっ面をした。

マナサにせよサイアスにせよ、

単に上官として命じれば素直に従いはするのだが、

ベオルクとしては、それをやったら負けな気がしていた。



「よし。では…… 

 マナサよ。軍議にはサイアスを同行させ、さらに

 証言すれば正式に辞令を出して第四戦隊の騎士として

 引き取ってやろう。あの歌声から逃れられるぞ。どうだ」


ベオルクが言い終わるか終わらぬうちに、


「判ったわ。任せて頂戴」


とマナサは確約した。


「えー……」


とサイアスは不満気だったが、


「クシャーナと毎日遊べるようになるわよ?」


と言われ、


「拝命いたします」


と敬礼した。


「……あのですね。私としては、この企てには……」


ブークは何か言おうとしたが、


「では根回し等、諸事一切はブーク卿にお任せするということで」


とベオルクが口走り、


「わかったわ」


「了解しました」


とマナサとサイアスが勝手に応諾した。


「はぁ…… どうしてこの人たちはいつもこう……

 ですが、まぁ、良いでしょう。こうしてサイアス君に

 無茶を頼みにきた手前、毒の一つも飲んでみせますとも。えぇ」


ブークは嘆息して応じた。声はげんなりと消沈してはいるものの、

表情はそれなりに楽しんでいるように見えた。

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