サイアスの千日物語 九十二日目 その五
「さて、戦果の次は結果と報酬か」
サイアスは読み終えた分をロイエに回し
続きに移った。これにすかさず
「ぃよっ! 待ってました!」
とアクラ。そして
「ぅぉぃ! 俺っちのセリフ取んなし!」
「早いもん勝ちですぅ!」
とシェドとアクラが張り合いだし、
ラーズやクリンに睨まれた。
「まぁ喜んで貰えるのは結構な事か。
では結果について。
此度のラインドルフ防衛戦は
実はそれ自体が言わば『囮』でね……
本命は『翼手教団』の殲滅にあった。
『翼手教団』は兼ねてより騎士団領内に潜伏
していた大規模な賊徒の集団だったそうで
他の大手の賊徒と同様、『子売り』を
専らの収入源としていたようだ」
「……」
散々騒がしかったシェドは
不意に動きを止め、押し黙った。
他の者らも察するところあってか無言となり、
ただサイアスの言葉だけが広間に響いた。
「この『翼手教団』に関してはフェルモリア
第一藩国イェデン。つまり赤の覇王その人の
所領に『子売り』のための拠点を置いていた。
イェデンはフェルモリア王家の荘園が主体で
平素は大王が統治を預かり各地を代官が
治めているそうだ。
藩国王たる騎士団長が荒野の城砦で
人類全体の戦いを指揮しているし、
藩国王妃たる赤の覇王は南方の藩国で
反乱討伐に明け暮れていた。
上記事由によって目が届き難いのを良い事に
教団は悪官汚吏と組んで随分派手に
悪さをしていたとの事。
反乱討伐を終えトーラナへ城主として
赴任する事となった赤の覇王は
トーラナへの道中で自領を通過する際
そうした手合いを一掃した。
ただし王妃が『子売り』の拠点に攻め入った
折には既に、教団関係者は騎士団領内の
本拠に逃亡済みだったのだそうだ。
それで赤の覇王チェルヴェナー王妃としては
この連中をいかでか潰さんと策を練っていた。
そして策の過程でラインドルフを巻き込む
事になる可能性が高いと悟った王妃は
私や伯父にそれとなく警告を発し、
その上で策を実行したんだ。
その策に掛かる形で『翼手教団』は
他の闇の勢力共々ラインドルフ襲撃を企図。
実働部隊の集結状況から教団本拠の割り出しに
成功した覇王は、『異教徒浄化大隊』とやらが
ラインドルフに進発するのを待った。
その後自ら軍を率いて教団の本拠を襲撃し
これを殲滅。賊徒概ね5000名を
『処分』したそうだ」
抑揚薄く語られる詳報に
広間の面々はただただ静かだった。
多くはとある思いを抱いたが敢えて口にせず。
もっともサイアスはそれを察した。
「本件は表層的な経緯のみを追えば
イェデンの、フェルモリアの擾乱に
ラインドルフが巻き込まれた風にも見える。
だがそもそも翼手教団の本拠は
騎士団領内に在った。逆にイェデンや
フェルモリアが巻き込まれたのだとも言える。
さらに翼手教団に合力した手合いに
平原全土に再び戦火をもたらそうと望む輩が
含まれていた蓋然性は高い。
もとよりラインドルフはそうした手合いに
狙われていた。そうした連中の仕掛けが
早まっただけとも見て取れる。
要するに、無関係ではないんだ。
それゆえに、此度の戦いは歴とした
『連合軍』の戦として認定されたわけだね」
「話がデカ過ぎて付いてけねぇぜ……」
ラーズが肩を竦めてみせた。
「私も絵空事のように感じてはいる。
荒野で魔軍と死合う身には余計な厄介事だ」
サイアスは苦笑し小さく嘆息した。
そして仄かに視線を泳がせ、先刻より
すっかり消沈し、今はロイエにしかと
抱きとめられている己が娘を見やった。
「ともあれ『ラインドルフ防衛戦』が
連合軍の戦である以上、褒賞も補償も
連合軍が責任を以てこれをおこなう。
ラインドルフに骨折り損はないという事さ。
まずは戦費の補償を兼ねた報奨金が
白金貨1万枚。これは西方最大の都市
アウクシリウムの年次予算より大きい。
白金貨1枚は勲功1000点に相当する」
当節貨幣としては金銀胴の三種の金属の
粒もしくは整形品が利用された。また日常的な
取引には未だ物々交換も広く用いられ、銅貨や
銀貨が流通の主軸となっていた。
「白金貨…… 見た事もない!」
アクラが吠えるのもむべなるかな。
白金貨は国間規模の取引きにのみ用いられる
特殊な通貨であり、一般に出回る事はなかった。
「もはや訳が判らん……」
シェドもまたお手上げの様子を示した。
ちなみにシェドの経済感覚はサイアス以下。
城砦で勲功を用い食事等を得るまで、他者と
何かを『取引』した事それ自体がなかった。
「落とされた連絡橋を架け直しついでに一本増やし
東岸側を北に拡張しつつ外壁ごと門を一新して
さらに同様に西岸側を完成させてもまだまだ
御釣りがくる感じだね。けもみみ衆の
生活環境を整えるにも役立つだろう。
折角だからラーズの屋敷も建てておこうか」
サイアスはさらりとラーズに振った。
「建てて貰っても空家になっちまう。
勿体無ぇよ。遠慮しとくぜ」
ラーズは苦笑しそう応じ
「じゃあ後で図面を見せるから
好みの場所を選んでくれ」
と何事もなく続けるサイアス。
「聞いちゃいねぇ……」
「聞いてはいる。その上で無視した」
「おぃ」
「御姉さんそっくりね……」
ニティヤはクスクスと楽しげだった。
「後は…… 何でもけもみみ頭領のマァルが
資金運用にも長けているという話だから、
上手く運用するんじゃない? 多分」
鉱物としてならともかくも貨幣としての
金銀にはまるで興味の無いサイアスは
実に適当にそう言った。
「書類も連合軍の定める書式でばっちりね。
簿記も複式だしすっきり見やすいわ」
とロイエ。
どうやらマァルの才を気に入ったらしい。
こうしてロイエとマァルによる
財務管理ラインが確立した。
「そう。それは良かった」
まるで他人事のサイアスであった。
「さて、次に。此度の戦でラインドルフの
早急な軍備増強を連合軍側で推奨してきた。
これにより周辺国家に一切気兼ねなく
色々とやれるわけだ。そこで早速
守備隊を設立する事とした。
名は『ライン守備隊』。
隊長はワーレン。顧問兼教官にアドルフ。
伯父さんやアルミナはともかくとして
引退済みな傭兵の二人が大立ち回りし
武名を上げた事は相当な反響を呼んだそうだ。
そのためこれに強い刺激を受け、
我も続かんとばかりに近隣諸国から
在野の武芸者が殺到しているとの事。
そういう連中にはラインフドルフに来るより
直接志願兵として荒野に来て貰いたいところ
だけれどね。とまれ伯父さんが厳選の上
20名を守備隊の一員に採用したんだそうな」
強者は城砦で戦うべき。しかし村の護りも是非必要と、
痛し痒しな状況にサイアスは苦笑していた。




