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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十一日目 その七

「次は私が話すわ……」


マナサが口火を切った。待ちわびたという感であった。


「……全部話すわよ?」


マナサはそう言ってベオルクとブークを見やった。


「そうしてくれたまえ」


ベオルクはそう答え、サイアスを見た。


「知らぬ用語も混じるだろうが、とりあえずは全て聞くといい」


「判りました。マナサ様、お願いします」


サイアスは襟を正し、マナサへと向き直った。マナサはサイアスに頷いた。



「まずは一つ目。サイアスの扱いに対する理由。

 単純に、戦力を少しでも多く、使える状態で確保しておきたいからよ。

 もっとも即戦力とするためというよりは、後事を混乱なく進めるため。

 ……遠からず、とても大勢死ぬことになるから」


マナサはサイアスをじっと見つめた。サイアスは先日参謀部資料室で、

ヴァディスに教わった内容を思い出していた。


「宴……」


サイアスは知らず口に出していた。マナサはサイアスに頷いた。


「そう、知っているなら話は早いわ。遠からず宴がくる。

 軍師や魔術士、そういった夜空の動きに詳しい者は、先月から

 口を揃えてこう言っている。3朔望月以内に、『黒い月』がくる、と」



朔とはすなわち新月のことであり、望とはすなわち満月のことである。

つまり朔望月とは月の満ち欠けを基準とした日時の単位であり、

一般には単純に月と呼ばれ扱われることも多い。


暗闇からわずかに生まれた月の弧は、次第に富み輝いて満天に満ち、

それを境にやせ衰え、やがては姿が見えなくなる。


遥かな昔から遥かな未来へと、凡そ30日の周期をもって連綿と続く

この一連の流れを朔望月と呼び、平原西方の諸国では

12の朔望月をもって1年とみなしていた。



「荒野の月は様々な色に変化するのを知っているかしら?」


マナサはサイアスにそう問うた。


「いえ、初めて聞きました」


サイアスは答えた。平原では、月は常に銀ないしは薄い金色だった。


「白や黄色、赤や紫、青や緑。

 朔望月ごとに様々に変化するのが荒野の月よ。

 色に法則性があるのか、そもそも何か意味があるのか、

 そういったことは判らない。 ……けれど」


マナサは一呼吸置き、続けた。


「宴は決まって『黒い月』の夜に起こる」


「『黒い月』がいつ来るのか、正確なところは判っていないわ。

 天気と同様、漠然とした予測はできても

 誰にも正確なことは言えないの。

 ただ、これまでの城砦での戦闘記録を遡っていくと、

 概ね200日から300日に一度、黒い月が来ている。

 そして決まって黒い月の30日間、

 そのいずれかの夜に宴が起こったと記録されている」


サイアスは真剣な表情で聞き耽っていた。ベオルクとブークも同様だった。


「次の朔は10日後よ。その先60日以内に宴が起こる」


サイアスはぞわりと何かに撫で付けられたような、そんな錯覚を覚えた。




「……せっかくだから話しておくわ。


『233の朔望月を幾多に倍したその年に、

 陽は漆黒に染まりゆき、血の涙を流すだろう。

 その時昼は夜となり、血の宴が起こるのだ』


 ……これは私の一族に伝わる言い伝え」


象徴的で荒唐無稽な内容ではあった。しかしサイアスはその伝承から、

逃れ得ぬ不気味な気配が忍び寄るのを感じずにはいられなかった。



「宴自体は、ここではそう珍しいものではないわ。これまでにも

 何度も起こっているし、これからも起こるでしょう。ただ」


マナサは一息入れて続けた。


「宴では百人単位で兵が死ぬ。その後どうなるか、予測が付け難いのよ。

 だから手元に信頼できる戦力を確保し、

 後事の備えにしたいというわけね」

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