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サイアスの千日物語  作者: Iz
第四楽章 辺境狂想曲
721/1317

サイアスの千日物語 七十八日目

全土を巡るに一年は要する平原の西端、

実に2割を占める広大な騎士団領は

大半が荒廃の地であった。


人の住まぬ僻地へきちには

所狭しと星月の輝きが降り注ぎ

夜景を光沢のある単彩画モノクロームに仕立てていた。


今そうした荒涼の絵画の中を

黒い津波となって流れるものがある。

揃いも揃って黒の鎧に身を包み、

或いは黒の衣を纏い刃もまた黒塗り。

徹して夜に同化せんと望むその数300余。


夜目にも暗き染みの如きその群れは

街道の痕跡を目指して南方より迫り、

これを塗り潰すように東へと進んだ。


目指すは東のかたとも

淡き新雪にも似たほのかの輝き。

平原西方諸国の辺境、騎士団領東端。

ラインドルフ準爵領であった。





破損の激しい擦り切れた「大街道」を

随分と東に進み、ラインドルフの灯火を

南東に見やる位置に至った300余の軍勢は

進軍を留め、陣容を新たにととのえた。


揃いの軍装といい手早き布陣の変容といい、

到底狗盗野盗のものではない。また数百の

手勢でありながら旗の一つも掲げぬのは、

統率者への並々ならぬ臣従か、或いは

信仰の所以であろう。


確かにその集団は賊徒と呼ぶには余りに整い

兵士と呼ぶには余りに禍禍まがまがしかった。



血の宴の後、平原の大半が荒野の城砦への

支援体制を整える中失墜し敗し排されたのは

総力支援を拒む国家のみではなかった。


大いなるものを称え敬う人々のうち

神による免罪と救済をかたり、地上に神ならぬ

己が権勢を築き奢り尽くした信教集団もまた

魔の軍勢の大侵攻という厳然たる危機に

何一つ成さず逃げ惑う無様を晒し滅び去った。


神聖国家などと称し信教と王権の旨みを

存分に謳歌した集団などはその顕著な例であり、

もとより人をだます程(さか)しく機を見るに敏でも

あるがゆえ、不利と見るや率先して国を捨て雌伏、

別業種に鞍替えする輩も多かった。





星月の輝きを忌み嫌うようにして

夜の暗さを身に纏う軍勢の中央。

数頭の軍馬で壁とした輪の中心には

小さく灯りがともされていた。



「最新の図面に御座います。

 西の町並みでは居住区中枢の集会所を

 壁で囲み、防備を整えておりまする」



軍馬で囲った輪の中で

軍勢とはまるで異なる平服の男が

甲冑の一人に平伏し書状を差し出した。


差し出された書状を紐解き拡げ、

灯りにかざして周囲と共にあらた


「ふむ。他は変わりないか」


と甲冑が重くきしむ声を響かせた。


「御意」


「『閃剣』は」


「西岸の集会所に」


「確かだな?」


平服の男は答えるかわりに面を上げ、

胸前で手を交差させ祈るようにして再度俯いた。


その様に甲冑は重々しく頷き、


「宜しい。

 では第三案で行く。全軍に通達せよ」


と下知。


「では私は持ち場へ」


そう告げる男に対し


「うむ。用心せよ」


甲冑は右手を小さく掲げ、

男の頭上に何かを注ぐような仕草をした。


「有り難き幸せ。では」


男は一際ひれ伏して

すす、とさがり立ち去った。


書状を手にした甲冑は周囲に頷いた。

300余と等しく黒尽くめの装いだが

装備の質は一段上であるようだ。


漆黒の皮革に無数の鋲が打たれた揃いの

ブリガンダインは鋲まで黒塗り。サリットも

サーコートも黒一色だが、この者らの左胸には

交差する手、或いは翼らしき紋様が在った。


腰には戦鎚と剣を吊るし背中に円盾ホプロン

蓋し指揮官級と見るべき6名は床机を立って

古式ゆかしい甲冑姿に向き直った。



「機は熟した。

 狗盗の真似事も今宵で終いだ。

 永きに渡る汚辱を晴らし

 再び現世に浄土を築かん」



6名は先刻の男と同様に

両の手を胸前に交差させ頭を垂れた。





満天の星々のせせらぎと

銀月のきらめきを心地良さげに浴び、

グラドゥスは集会所の屋根で寝そべっていた。



西方の町並みのうち居住区の中枢、

四方の大路の交差する中心広場に在るあたり

やはりこちらの町並みもまた、荒野の城砦の

構造を模したものであった。


3階建ての扉や窓は全て内外二重の鋼板で

覆い尽くし、さらに広場そのものを高さ

2オッピの壁で重囲。


壁の内側には城砦の野戦陣よろしく

鉄柵を配置して進軍を阻害、容易に集会所へは

辿り着けぬ鉄壁の備えと成していた。



「1時か。そろそろお出ましかねぇ」



どこか愉快げに呟くグラドゥス。

掌中では玻璃の珠時計が輝いていた。



「お代官様ぁ! ほんとに大丈夫ニャ!?」



グラドゥスの声を拾ってか、

脇に置かれた筒が大騒ぎした。


筒の底には紐が繋がり、紐は最寄の窓の

鋼板に穿たれた、小さな穴に続いていた。


「お前ぇらまだ起きてんのかよ!

 さっさと寝ちまえっての」


筒に向かって喚き返すグラドゥス。


「こんな状況で寝れるわけないニャン!

 ほんとに一人で守れるのかニャ……」



「お前ぇらが大人しくいう事聞いてりゃな!

 警護ってのぁ信頼関係が一等大事なんだよ。

 こっちの指示どおりだんまり決め込んで

 朝までひたすら篭っとけ。誰が何言おうが

 絶対中から開けるんじゃねぇぞ」



「判ったニャ! そうするニャ!

 おい開けろって言われても

 絶対開けてやらないニャン♪」



筒の向こうでは即興のメロディに乗せ

賑やかに歌いだす始末であった。


「あ”ぁぁニャアニャアうっせぇな……

 だがそれで良い。外の事ぁほっといて

 のほほんとしてな」



「おっけーニャ! 任せるニャ!

 いっつぱーりぃたぁいむニャン♪

 ニャッホゥ!!」



雄たけびに続き賑やかな歓声。

本気で楽しんでいる風であった。


「だから騒ぐなっつぅのに。頭痛ぇ……

 やっぱまん丸に仕切らせとくべきだったか」


グラドゥスは思わず頭を抱え、

次いで東を眺め見た。対岸の町並みは

仄灯りの中、未だ静けさを保っていた。

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