サイアスの千日物語 三十一日目 その四
「ではそろそろ、再開するといたしましょうか」
ブークの一言で長丁場な説明の第二幕が始まった。
もはや説明というより講義に近い形だったが、
サイアスも他三名も特に気に留めてはいなかった。
「非凡なる才と活躍から、
現時刻を以って君は城砦「兵士長」に就任し、
統制上の事由から城砦「兵士」扱いで
第四戦隊へ配属となる。宜しいかな」
「はい。拝命いたします」
「うむ。では続きだ。
……君は現時点で戦力指数3.23という
城砦兵士の水準を超えた、新米兵士長と
見做すべき戦闘力を有している。
だがその一方で、城砦兵士として会得して
おくべき諸々の知識や技術を有してはいない。
つまり剣士や戦士ではあっても『兵士』
とは言えない状況だ。
これは言い換えるならば、訓練課程で
そういった隙間を埋めてやりさえすれば
さらなる高みに到達し得る可能性が高い、
とそういうことでもある」
「ふむ」
「要は、城砦上層部は君を
『城砦騎士のたまご』
だと見做したということだ。
カエリア王立騎士団同様、少なくとも
従騎士たる存在として扱うべきという
結論に達したのだよ。そこで君には
訓練課程を受けてもらうことになった」
「? あの、違いがいまいち、よく……」
サイアスは首を傾げた。結局訓練課程に入るのなら
これまでの説明は不要だったのでは、と。
「まぁ、そう思うのも無理からぬところだな」
ベオルクは溜息をついた。
「全てこちらの事情ゆえでな。ただまぁもう暫し結論は待つといい」
「はい。話の腰を折って済みません」
サイアスはベオルクの言を受け素直に詫びた。ブークは深く頷いた。
「この素直さ、この思いやり、この言葉。城砦兵士が皆こうであれば、
どれだけ苦労が減ることか……」
ブークは相当心労が溜まっているようだった。見た目の若さに反し、
白髪がかなり目立つようだとサイアスは感じた。
伯爵家の次男であるブークは幼少より当然のごとく英才教育を受け、
早期から宮中に出入りして活躍し、齢30を待たずして
大国トリクティアの財務を切り盛りするまでに至った。
並の者が生涯かけて経験するであろう文官としてのキャリアを、
既に一通り終えていたのだ。その上で武官として第二の人生を
城砦で歩んでいたため、抱え込んだ労苦も並大抵ではないようだった。
「オホン、まぁまぁ。ブーク卿、今は説明の方を一つ」
「え? あ、あぁそうでしたな、失礼」
ブークは気を取り直して続けた。
「そうだな……
『事情』については後でマナサ殿からお話いただくとして、
『違い』についていうなれば、君にとっての訓練課程は
第四戦隊兵士の任務としての出向である、ということだ。
他の入砦者は訓練課程を経て新兵または兵士となり、
配属されて初めて任務を得る。が、君は既に兵士長であるから、
任務として訓練課程に出向し訓練課程を経て次の任務に移る、
ということなのだよ」
「任務。なるほど……」
サイアスは頷いた。そして迂遠な表現の真意を理解した。
要は訓練課程において、訓練以外の何かをさせたいのだ、
とサイアスは納得した。
「……仔細を承ります」
ブークは思わずベオルクを見、ベオルクはヒゲを撫でつつ苦笑した。
マナサは無言で目を細めていた。
「話が早くて助かるが、末恐ろしいなぁ君は。
では続きは君の上官であるベオルク殿にお任せしましょう」
ブークは何度も頷き、そう言った。




