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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十一日目 その二

朝食と呼ぶにはあまりに早い時間ではあったが、

サイアスは食事を堪能した。


ほんのりとした塩味のナンを一口大に千切ってペーストを付け、

ナンの柔和な食感と、とろける程に煮込まれた肉と野菜入りペーストの

香辛料の利いた芳醇さを楽しみながら、適時果実酒割りで流し込む。

フェルモリア南東地方の伝統料理だ。食べるうち汗ばみ、

そして知らず笑顔になり、ふと気が付けば食べ終わっていた。


食後、サイアスは手持ちの勲功を使い、営舎を去る身の餞別のつもりで

大量のデザートを注文した。とびきりの大皿に乗って出てきたそれは、

牛乳と果汁を漉し、冷やし固めてゼリー状にし、

崩してレーズンを散りばめた、非常に手の込んだ代物だった。


デザートはほぼ40人分に近い量があった。

サイアスはその場の全員と厨房の料理人に振る舞い、

その場にいない人の分は取りおきして食事の際に出して貰うよう頼み、

それでも余った分は自分用のおやつとして包んで貰った。

サイアスは代価として320点の勲功を消費することになった。


「うぉお、なんと美味そうな……」


「なんだよサイアス、気前良すぎないか」


「お世話になりましたので。 ……歌姫らしく甘いもので」


サイアスは肩を竦めてそう言った。兵士たちは肩をゆすって大笑いした。

サイアスは辺境の小村とはいえ領主の子であるため、

人にものを振舞うのは当然の心構えだと躾けられていた。

いわく「物を与えて者を得よ」とのことだった。

実は「主が客に対する時」という条件文が付くのだが、

その辺りはすっぽりと抜け落ちていた。


「なんとよくできたお坊ちゃんなことか。

 他の隊に渡すのは惜しいな……」


「あー、訓練課程か。第三に移るのかー」


いつの間にやらデレクが復活していた。


「もったいねぇ、あーもったいねぇ」


兵士達は口々に別れを惜しんでくれた。サイアスは苦笑して、


「もったいないので冷たいうちに」


と言って笑いを誘い、食堂を退出した。



食堂を出たサイアスが部屋へと戻ると、自室のドアがやや開いており、

中には3つの人影があった。一つはベオルク。一つはマナサ。

もう一人は先日軍議で見かけた顔だった。


「おはようサイアス。悪いが待たせて貰ったぞ」


そういってベオルクはサイアスに、ドアを閉め、空き部屋から

持ち込んだらしい人数分の椅子に座るよう指示した。


「今後に関する重要な話がある。

 やや機密に当たるのでな。当面口外は無用に願うぞ」


「心得ました」


サイアスはそう言うと、皆に先程包んで貰ったデザートを手渡した。


「……これは?」


ベオルクは問うた。


「餞別に全員分用意して貰いました。お世話になったので」


サイアスの答えに、ベオルクは目を細めた。


「ほぅ、有難く頂戴しよう。

 こういう所はライナス隊長そっくりだな」


ベオルクは懐かしげに笑った。


「っと、失礼。紹介がまだだったな。

 こちらは第三戦隊長を務めておられるクラニール・ブーク卿だ。

 元トリクティア財務大臣補佐官でいらっしゃる。

 弓の名手であり、城砦随一の苦労人でもあられる。この方なくして

 この城砦は立ち行かぬ。人呼んで『城砦の母』だ」


「男に母呼ばわりはないと思いますがね…… 

 それにそのようにおっしゃってくださるなら、ベオルク殿もいささか

 自重くださり、抑える側にまわって頂けると助かるのですが」


ブークはそう言って苦笑した。

ベオルクはヒゲを撫でつつそっぽを向いた。



第三戦隊は第一、第二と言った戦闘部隊の予備隊であり、

同時に城砦の運営に関わる諸事全般を司っていた。

員数外の非戦闘員を除くと200名程が在籍し、

新規入砦者への訓練課程もこの戦隊が担っていた。


クラニール・ブークはトリクティアの伯爵家の次男であり、

大国の財政を担った経歴を買われて期限付きで入砦したものの、

生来の苦労性ゆえか不安定な経営状態を捨て置けず、

弓術を究めて防衛線で活躍し、わざわざ城砦騎士となって

居残った稀有な水準の変り種であった。


城砦騎士や兵士は、役目上自身の命に対する考え方が軽く、

それゆえ城砦自体の長期的な運営等には興味を示さず、

とりあえず死にに往く、後は任せた、というノリの者が非常に多かった。

そのため経営に関する俯瞰的なセンスや視点、戦略を持ち、

温厚かつ冷静で常に抑え役にまわる、ブークのような人格者はひたすら

苦労を抱え込むことになっていた。逆説的に、己が手腕一つで

一城を切り盛りしたいと考える者には、まさに天啓の地と言えた。


このように一度入砦した王侯貴族が城砦に居つく例はまま有り、

現在の城砦騎士団長にして城砦騎士チェルニー・フェルモリアもまた、

兄王の帰還命令を無視して城砦に居座り続けていた。

曰く、権謀渦巻く宮廷より、遥かに居心地がいいのだとか。



「ブークだ。サイアス君、お会いするのは二度目だね。宜しく頼むよ」


ブークは目下のサイアスにも実に丁寧に挨拶をした。

明らかに他の騎士とは違っていた。


「恐悦至極に存じます、閣下」


歌姫呼ばわりされているサイアスは、妙な親近感を覚えつつ敬礼した。


「……うむ。やはり兵士にしておくには惜しい人材ですな、ベオルク殿」


「ハハハ。カエリア王立騎士団従騎士という肩書きもありますゆえ」


ベオルクは軽く笑って次にマナサを紹介した。


「こちらも紹介しておこうか。第二戦隊所属の騎士、マナサだ。

 探索や斥候等、裏方中心に動いてくれている」


「ふふ…… 宜しく」


マナサはサイアスに微笑んだ。


「あの、馬のこと、済みませんでした」


サイアスは昨日の件について謝罪した。


「あら…… 気にしなくていいのよ? 

 あの子、貴方と過ごせて楽しかったと言っていたわ。

 たまに顔を見せてやってくれないかしら。名前はクシャーナよ」


「それはもう、喜んで」


サイアスは嬉しそうに返事をした。マナサは満面の笑みとなった。


「まぁ、既に面識はあったようだな」


ベオルクは物珍しげな表情でそう言うと、そわそわとして


「とりあえず、冷たいうちに頂いておくか」


と、言うが早いかデザートを口にした。

シャリシャリとした食感が甘みを伴って拡がっていき、

ベオルクはそのヒゲ面をニヤニヤさせていた。

ベオルクは強面に似合わず大の甘党だったが、

部下たちの手前、なかなか食べる機会を得られないでいたのだ。

サイアスは取りおきの果実酒割りを合わせて用意し、

成り行き上、四人は暫しお茶会状態となってしまった。

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