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サイアスの千日物語  作者: Iz
第一楽章 荒野の学び舎
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サイアスの千日物語 三十一日目

翌朝未明。ほぼ半日間眠り続けたサイアスは、ようやく意識を

取り戻した。いざ起きてみると昨日の疲れや痛みは綺麗さっぱり

と消えており、これが祈祷の成果なのだな、

と改めて実感することになった。


今日の午前、昨日到着した補充兵とともに入砦式に出席し、

約二十日間の訓練過程を経ることになる。訓練課程は

第三戦隊の管轄であるため、今利用している部屋を引き払う

べく、身支度をしておく必要があった。


とまれまずは腹ごしらえを、と平時のガンビスンを着込み食堂へ。

食堂には既に起きていたらしいデレクや、他数名の兵士がいた。



「おはようございます」


サイアスはデレクや兵士たちに挨拶をした。


「……」


デレクは無言だった。いつもの間延びした口調も余裕の態度もなく、

ただただ放心状態といった体だ。目の下にはクマが出来ており、

かなり体調も悪そうだった。


「……? どうかされました?」


サイアスが問うと、デレクはサイアスを見て


「……? あ、あぁ」


と何やら動揺しているようだった。サイアスは怪訝な顔で

周囲の兵士たちを見た。兵士たちは首を振って


「えらく恐ろしい目に遭ったらしいぜ」


「ま、暫くそっとしといてやれよ」


と肩をすくめ、同情の視線をデレクへと向けていた。


「……はぁ」


サイアスは生返事をして食事を頼みにカウンターへと向かった。

テーブルへと戻ると、昨日共に行動していた兵士がきていた。

サイアスは挨拶するとデレクの様子について話を振ってみた。


「あぁ。聞いちゃう? それ」


兵士としては話したくて仕方がないようだったので、


「聞いちゃいます」


とサイアスは続けた。共に死線をくぐった影響か、

兵士たちに対するサイアスの口調や態度はかなり軟化していた。



「昨日城砦に戻ったあと、風呂やら飯やら、ここで軽く飲みやら

 したろ? その後部屋に戻って寝ようとしたらしいんだがな」


兵士はデレクをちらりと見つつ話した。

デレクにも十分聞こえる距離だった。


「ふと見上げると天井に女がへばりついててな。

 凄い形相で睨みつけて『馬を返せ、殺すぞ……』と」


デレクはセリフにビクンと反応した。


「んでビビりまくって空き部屋に逃げこんで、

 一息入れてさぁ寝よう、と天井を見あげると、いつの間にか女がいて、

『馬を返せ、殺すぞ……』と」


「さらにあちこち逃げ回ったらしいんだがな、

 行く先々で天井を見上げるたび女がいて、『馬を返せ、殺すぞ……』

 とやられて、どうしようもなくなって副長の部屋に逃げ込んだそうだ。

 んで寝入ったばかりの副長にボロクソに怒られたうえ、

 事情話したら爆笑されて、さらに降りてきた女と副長から

 がっつり説教喰らって今に至る、と」



横で話を聞くとは無しに聞いていたデレクは、

さめざめよよよ、と泣きだした。


「あの白い馬、第二戦隊の女騎士の愛馬だったんだとさ。

 その騎士は往路で馬がいないって大騒ぎして、

 手当たり次第兵士を尋問して俺らのことを聞き出してな。

 慌てて城砦に戻って馬を探したものの見つからなくて

 半狂乱になってたそうだ」


「えっ? あの馬、いなくなったんですか?」


サイアスは気色ばんだ。例の白馬とはすっかり馴染んで、

身近な存在に感じていたからだ。


「あー、いやいや。そうじゃなくてな。

 ほら、この城砦には南北の二つ、城門があるだろ。

 厩舎も南北にそれぞれ、計二つあるんだが、

 戦隊ごとに使う厩舎が違っててな。

 第一と第四、駐留部隊は北厩舎。

 第二と第三は南厩舎を利用してるんだよ。

 俺らは馬を北厩舎に預けたもんだから、

 あの馬本来の場所からはいなくなってた、てことで」


「なるほど……」


サイアスは届いた料理を見やりながら呟いた。

小麦粉を薄く延ばして焼き上げたナンと、香味の効いた焦げ茶のペースト、

そしてほんのりと酸味のある果実酒のセットだった。


「第二戦隊の女騎士ってのが元凄腕の殺し屋だそうで、

 単身魔のねぐらに潜入しては、当たり前のように戻ってくるっていう

 とんでもないヤツでな。そんなのが天井にへばりついてたら、

 俺なら漏らしちまうぜ色々と」


うるせぇ、きたねぇぞと言ったヤジが飛んだ。その兵士はさらに続けた。


「あぁでもその女騎士、白馬に乗ったのがお前だと判った途端、

 急にニコニコし出したんだと。んで『次はない』つって

 消えちまったそうだ。さすがは『誓いの歌姫』ってとこかねぇ?」


「何それ…… 混ざってるし」


「あぁ、結局どっちも流行って一個にまとまったらしいわ。良かったな!」


「……はぁ。いいやどうでも」


そういってサイアスは果実酒割りを一口飲んだ。そしてテーブルに置いた

果実酒の表面に、ちらりと映るマナサの姿に苦笑した。

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