サイアスの千日物語 三十日目 その二十九
「サイアスくん、とても残念なお知らせです……」
カエリア王立騎士団駐留部隊が北往路を東へと去りゆき、
100名を超える警護の兵士たちが再びガヤガヤと
付近の哨戒等の各任務に散らばりだした頃、
第四戦隊の騎士デレクと兵士2名がサイアスに声をかけた。
「我々の広めた『荒野の歌姫』が、先程の感動的な光景のせいで
『誓いの剣』というなんか格好いいヤツで上書きされてしまいました……」
「でも! 俺たちは負けない!」
「明日の朝までには塗り替える! 再び『荒野の歌姫』に!!」
サイアスは腕組みして溜息をつき、
暫し無言かつジト目でデレクらを見つめていたが、
「……喉が渇いた」
と、腰の袋から一際赤く熟した木の実を取り出し、口に入れた。
とびきり甘く瑞々しい果汁が口に広がり、自然に笑顔がこぼれでた。
サイアスは一つ、二つと美味しそうに木の実をほお張り、
満面の笑みで堪能した。
「お? なんだなんだー?」
「むむ…… なんか、凄く美味そうな」
「サイアスくんや、その木の実、まだあったりは……」
デレクたちの声にサイアスはにっこり微笑むと、
「あぁ失礼。もちろんありますよ。要りますか?」
と一際青い実を選りすぐり、手の甲を上にして摘み、
色が見えないようにしてデレクたちに差し出した。
デレクと兵士2名は喜んで受け取り、
手にするが早いか確かめもせず口に入れ、噛み締めた。
途端に野太い悲鳴が起こった。
「……ふん」
サイアスは鼻で笑うとその場を去り、さらに西へ、
既に到着していた第二戦隊と第四戦隊の騎馬の群れへと
歩きだした。ベオルクたちは配下に指示を出し、状況の確認に
当たっているようだった。
サイアスが姿を見せると、ベオルクが大声で名を呼び、手招きした。
サイアスはベオルクたちに一礼して間近まで進んだ。
「サイアス、無事で何よりだ。活躍は既に聞き及んでいる」
「恐縮です。ですが未熟さを思い知ることになりました」
サイアスはベオルクに折れた剣を見せた。
「ほぅ…… 物打ちで見事に折れている。悪くない」
ベオルクの隣にいたローディスがそう評した。
「サイアス。
こちらは第二戦隊の長にして城砦騎士長、ローディス閣下だ。
閣下は当代随一にして史上異数の剣術の達人であり、
『剣聖』の異名をお持ちだ」
「サイアスと申します閣下。お目通りが適い光栄です」
サイアスは敬礼をした。
「ククク。会うのは二度目ではないか。
今更そんな気遣いは要らん」
先日第四戦隊の営舎でおこなわれた軍議において、
サイアスは既にローディスと面識を得ていた。
「覚えていて下さったとは光栄です」
「たかだか二日前ではな。
まぁ、そういう意味ではなかろうが」
そういってローディスはサイアスを見やり、
「ベオルク。お前、工房に剣の試作を依頼していたな」
とベオルクに言った。
「……御存知で」
ベオルクは苦笑した。
「まぁな…… 俺やお前が剣を欲しがれば、
誰だって不思議に思い、騒ぎもするさ」
ローディスはサイアスの背格好や剣等の装備を見つめ、
「こいつ用だったか」
と薄く笑った。そしてさらに射抜くような目でサイアスを眺め、頷くと
「……あの仕様書。俺から手直しを指示しておこう」
「おぉ…… サイアス、良かったな!
剣聖の意匠の剣なぞ滅多なことでは得られんぞ」
「ありがとうございます閣下」
サイアスは深々と頭を下げた。
「なんの。馬車の詫びだ。そう気にするな。 ……それより」
とローディスは改めてサイアスを見た。
「お前、かなりの歌い手らしいな……?」
「はぁ。馴染んだ数曲だけですが」
「良し、俺と勝負を……」
「おっと、いかんいかん! ローディス殿、
トリクティア機動大隊の先遣隊との打ち合わせがありますぞ!
こうしている場合ではありませんな! 急ぎましょう!」
そう言ってベオルクは冷や汗混じりにローディスを引っ張っていった。
サイアスは訳が判らずぼーっとそれを見送っていたが、そこへ背後から
「ザイアズゥーー」
と何やら恨めしい声を響かせて、デレクと兵士たちがやってきた。
「ギザマ、ヨグモォ……」
「ユルザヌゾエー」
甘さへの期待が強かったせいか、
言語中枢に深刻な被害を被ったようだった。
サイアスは今度は一際赤い実を選りすぐって
呪わしい目で見つめるデレクらへ手渡した。3名はいぶかしみ、
しばしサイアスと木の実を交互に見つめて警戒し、そして口にした。
「むぅ、こ、これは……!?」
「おぉー」
「甘い、甘いぞぅ!!」
と歓喜の声があふれ出した。
「それは良かった」
サイアスはしれっとそう言って薄く笑った。




