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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その二十八

程なくして一通りの回復祈祷が済み、

サイアスは治療部隊に礼を述べて

再び北往路の西の出口へと歩を進めた。

治療効果や一息いれたせいなものか

緊張で麻痺していた神経が機能を取り戻し、

鈍い痺れが刺すような痛みに変じて

時折襲い来るようになった。


また、気力で追い払っていた疲労が

一気に押し寄せ、油断すると座り込んだまま

立ち上がれなくなりそうな、

そんな状態になりつつあった。



「お、よくぞ戻った『荒野の歌姫』よ。

 怪我の方はいいのかー」


先刻の鋭い頼もしさはどこへやら。

デレクはいつもの調子に戻りつつあった。


「なんでそんな奇妙な異名を付けるのか……」


サイアスはジト目でデレクを見たが、

デレクや兵士はニヤニヤと笑うばかりだった。

サイアスは早々に諦めることにした。


「……まぁ、いいです。

 それより装備が痛んでしまって」


サイアスは割れたサレットと折れた剣、そして

傷みきったコートオブプレートを示した。


「役目を全うしたってことだなー。

 一戦終えれば大抵そうなる」


左半身を中心に破砕し引き裂かれた防具を

見据えたデレクは一瞬鋭い眼差しになった。

が、目だった負傷が無いとみて安心し、

再び間延びした雰囲気に立ち戻った。


「被弾がきっちり左側に集中してるのは流石だな。

 同じ喰らうのでも『受け』が出来てるのと

 出来てないのじゃ大違いだからなぁ」


兵士の一人がサイアスの装備の「壊れ方」を褒めた。

右手に帯剣、左手にバックラーまたは盾を持って

戦うサイアスの装備は防御力が左側に集中していた。

よって敵の攻撃は左半身を中心で受けた方が

被弾による被害が少なくなる。


回避不能な攻撃を受けた際、秀でた戦士はその攻撃を

自身の最も防備の調った箇所に誘導して「受け」を

する。コートオブプレートの派手な損壊振りにも

かかわらず中身のサイアスが五体満足であるのは

そうした要因が大であった。


「まー中身が無事なら御の字だ。新しいのは

 戻り次第発注しとく。ただ、明日の入砦式には

 それをそのまま着ていった方がいいぞー」


デレクはニヤりと目を細めそう言った。


「何故ですか?」


サイアスは極自然に問うた。

それを聞いた兵士の一人が


「志願兵は大抵兵隊上がりだ。

 装備の痛みで戦歴を読むから、

 若いといって舐められずに済むぞ」


と答えた


「それに」


と、デレクは笑いながら続いた。


「装備を見れば、あぁ噂の歌姫だって皆気付く。

 今日中には城砦中に広めておくから安心しとけー」


「……何を安心するというのか」


サイアスはこめかみを押さえた。

そして急激で強烈な疲労に襲われた。


「なんだか、どっと疲れが」


「だろうな。正常正常。

 お前にも人間らしいとこあって安心したわ」


足を痛めたまま戦っていた兵士が笑ってみせた。


「俺ら先行組は副長が着き次第引き上げるぞ。

 先に一仕事入りそうだが」


「一仕事……」


兵士のその一言で、サイアスは萎えかけた意識を

気合で繋ぎとめた。救援の後の一仕事。

それは今日本国へ向けて帰還する、

カエリア王立騎士団駐留部隊の見送りであった。





やりとりが終わるか終わらぬうちに

にわかに辺りが騒がしくなった。

往路一帯に広がっていた部隊は川と湿原

それぞれの境へと移動して警戒態勢に入り、

往路中央を大きく空けた。

展開していた100名程の兵士たちは

南北に分かれた見送りの列となったのだった。



往路の西から、多量の馬蹄や車輪の鳴る音が

響いてきた。音は大きく雑多だが、

それでいて規則正しく響きわたっていた。


やがて騎馬と馬車の隊列が現われた。

四列縦隊の騎馬に続いて6台の荷馬車。

再び四列縦隊の騎馬の群れ。


騎士はいずれも陽光に煌く甲冑を纏い

面頬バイザーを上げ警護の列に顔をさらしていた。

中にはサイアスの見知った顔も多くあった。


そして前方の四列縦隊の騎馬の群れには

緋色のケープを纏い、兜の代わりに冠を戴く

輸送部隊長にして騎士団長ラグナの姿。

カエリア王立騎士団駐留部隊の帰還であった。



サイアスは厳しくも美々しい騎士団の姿に、

胸中こみ上げるものを抑えることができなかった。




アウクシリウムで城門を訪ねた

素性も判らぬ一少年を

暖かく励まし受け入れてくれたこと。


積荷ではなく命を預けあう仲間として

共に旅をし共に戦い、勝ち抜いて

城砦へと連れて来てくれたこと。


決意一つしか持たぬ自分を

一人の後輩騎士として扱い、

後事を託してくれたこと。




去来する無数の想いに押されるようにして

サイアスは薄汚れた胸甲を拭い、

カエリア王国の剣樹の紋章を正した。

そして重く軋む身体を引きずって

警護の列から数歩、往路へと進み出た。

警護の列のいかなる兵士も

サイアスの歩みを止めることはなかった。



騎士団の列は前方に歩みだした一人の少年に対し

馬足を緩めることも声を掛けることもなかった。

ただ、ラグナが、すべての騎士が一様に

その挙動を見守っていた。



サイアスは痛む身体をものともせずに直立し、

威儀を正して迫り来る騎士団に向き直った。


そして王立騎士団の帯剣を抜き、

折れた切っ先を天に向け、胸甲に刻まれた

剣樹の紋章へと引き付けた。



往路に無数の鍔鳴りがこだまし、

騎士たちは一斉にその剣を抜き放った。

そして切っ先を天に向け胸元へと引きつけ、

サイアスへと向き直った。



ただそれだけだった。

騎士団は馬足を落とさず声を発さず、

粛々と東へ、平原を目指し進んで往く。


ラグナや騎士たちは無言で剣を構え

じっと、ただじっとサイアスを見つめていた。

騎士団は馬蹄と車輪のみを響かせて

やがて静かに通り過ぎていった。


サイアスの目からは止め処なく涙がこぼれ落ちた。

何故自分が泣いているのか、サイアスには

その理由が判らなかった。だが

この涙はけして恥ずべきものではない。

サイアスはそう感じていた。





挿絵(By みてみん)

画像がうまく御覧になれない方は

下記URLをお試し下さい。

http://20127.mitemin.net/i230625/


なお本画は

山猫ケン様の2017年の著作物であり

本画の諸権利はIzが有しております。

無断転載、二次配布、加工等は禁止いたします。

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