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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その二十七

折れた剣の切っ先は、結局見つからず仕舞いであった。

おそらくは大ヒルの死体の下敷きになっているのだろう。

流石にそこを掘り起こす気にはなれず、サイアスはいつの間にか

戻ってきていたデレクや他の第四戦隊の兵士たちのいる、

北往路の西の出口へと歩きだした。



まもなく合流しようかという折、

ローブを纏った治療部隊の兵士が

小走りにサイアスの下へと寄ってきた。


「探したよ。君が『荒野の歌姫』だな。

 回復祈祷を施すのでこちらへ」


「……はい?」


サイアスはしばし硬直し、そして真顔で聞き返した。


「大ヒルを魅惑の歌声で惑わせ、誘きだして見事退治した

 カエリアの若き従騎士とは、君のことだろう?

 歌姫といいつつ少年だったのには、私もいささか驚いたが……」


「……何事?」


サイアスは混乱気味にデレクたちの方を見た。

デレクや兵士はニヤニヤしながらサイアスを見ていた。

また別の兵士がこちらを見ながら増援部隊の兵士に何事かを

まくし立てているのをみて、なんだかめられたらしい

とサイアスは悟った。


「しかし凄いな君は。

 まだ入砦式も済んでいないというのに、

 騎士のみが持つ『異名』を手に入れるんだからな」


「……はぁ」


サイアスは嫌気がさして歌姫呼ばわりから逃れようとしたが、

こっそり関節を極められたうえ、引きずられるように湿原側へと

連れていかれた。ぶつぶつと呟きつつ周囲を眺めたサイアス。

そこには様々な魔術文様の刻まれた白い荷台を持つ馬車があった。

荷台後方の担架には第二戦隊の女性兵士と

大ヒルに左半身をやられた第四戦隊の馬車操者が乗せられている。

どうやらこの馬車は治療部隊の専用車両らしかった。




「歩きまわれてはいるが、兜も装甲も吹き飛んでいる。

 かなりの衝撃を受けているな。今は緊張状態にあるから

 痛みを感じてはないようだが」


治療部隊の長たる祈祷士の男はそういって

サイアスを小さな台座に座らせ、側頭部や肩等

左半身を調べはじめた。


「ふむ、ほぼ外傷は無い。

 大ヒルに吹き飛ばされたにしては綺麗過ぎるな。

 どうやったんだい?」


サイアスは簡潔に説明した。


「ほほう。剣撃や盾打で攻撃を逸らすとは…… 

 既に一流の剣士なんだな、君は」


サイアスを連れて来た男は感嘆の声をあげた。

他にも2名のローブ姿の祈祷士がサイアスに付き、

その男の指示を受けながら祈祷による治療を実行していた。


「……そうでしょうか」


サイアスは呟くようにそう言うと、

攻め手としてはまるで大ヒルに刃が立たなかったことを話した。


「大ヒルはね、戦力指数で10はあるとされているんだ」


治療部隊の長たるその男は言った。


「つまり城砦騎士と同格の相手さ。

 あれを斬れるようになったなら、君も城砦騎士の仲間入りだ」


目指すべき目標なのだ、ということらしい。


「そうなのですか……」


サイアスは感慨深げに大ヒルの残骸を見やっていた。

目に見える形での目標が手に入ったことに、

やや手ごたえを感じてもいた。



そのとき、荷馬車から幽かな声がした。


「……剣」


サイアスと祈祷士たちが振り返ると、

横たえられたディードがこちらを見つめていた。

既に声が通るほどに回復したらしい。


「折れてしまったのだな……」


私のせいで、と言わんばかりの悲痛な声。

サイアスは柔らかく笑んで


「ひとえに腕が未熟なゆえです。

 良い経験になりました」


と答えた。


「……つくづく優しいのだな、君は」


ディードは顔を背け、空を見つめた。

銀の瞳からは星の如き雫が零れ、頬を伝った。


「剣を」


ディードは左腰の剣を手にしようとして、

まるで動かぬ変わり果てた自らの左腕を見、言葉を失った。

祈祷士が慌てて駆け寄り、ディードに代わって

ベルトから鞘ごと剣を取り外し、ディードに示した。

すまない、とディードは小さく呟いた。


「この剣を、君に」


ディードは祈祷士に目で訴え、

祈祷士は頷いてサイアスへ剣を手渡した。


夜空の色に塗り上げられた木製の鞘を持つその剣は、

鞘の上からでも判る程の優美な孤影を描き出し、

いざ抜き放つと陽光の下に、儚くも美しい銀月の輝きを放った。

無数の花びらをちりばめたような刃紋は、

夜空に浮かぶ星々の大河のように煌いていた。


「『繚星りょうせい』という。私にはもはや不要なものだ」


サイアスは繚星の煌びやかな刃に魅入られそうになるのを

なんとか堪えて鞘に戻すと、


「……幼い頃から私を育ててくれた伯父は、

 私が物心付いた頃には既に隻腕でした。それでも

 村では誰よりも器用で強く明るく、そして優しい人でした。

 今も父や私に代わって、村を護ってくれています」


と、伯父グラドゥスのことを話し出した。


「貴方にもまた、いつかきっと

 再び立ち上がり、戦いに臨む日が来ます。

 だからその時まで、この剣をお借りいたします」


サイアスはそういうと立ち上がり、

微笑みを残して深々と頭を下げた。


「そうか。そうだな…… ありがとう」


ディードの目からはとめどなく涙が溢れた。


「……だがやはり、その剣は貰って欲しい。

 私は残された手で盾を掴む」


ディードの声からは悲壮感が消え、

力強い決意が溢れていた。


「そうですか。それでは拝領いたします」


サイアスは繚星を両手に掲げ、

ディードに一礼した。


「ご尊名を承りたい。

 私は第二戦隊の兵士長ディード」


「元第四戦隊長にして城砦騎士長ライナスの子、サイアス。

 カエリア王立騎士団従騎士、サイアス・ラインドルフです」


おぉ、というどよめきが周囲から起こった。

いつの間にか多くの兵が周囲を取り囲み、見守っていた。


「サイアス殿。

 いつの日にか、私は必ず、前線へと戻る。

 その時、私は…… 貴殿を…… 護る、盾と……」


ディードの意識は徐々に遠のき、

言い終わらぬうちに再び昏睡へと戻った。

それを受けて祈祷士がディードへの祈祷を再開した。


ヴァンクインの言葉に続き、

再びずしりと重いものがサイアスの心に響いた。

こうやって一つ一つ、人は強くなっていくのかも知れない。

サイアスはそう感じていた。

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