サイアスの千日物語 三十日目 その二十六
サイアスは未だ痺れの残る左半身をやや引きずるようにして、
まずは兵士長ディードの元へと向かった。ディードの元へは
既にローブ姿の治療部隊が駆けつけており、何やら術式を
用いた祈祷らしきものを始めていた。
彼女を護るという剣の誓いを無事果たせたことに満足した
サイアスは、目だけで微笑むとその場を離れ、
折れた剣の切っ先を探すことにした。
改めて愛用の王立騎士団帯剣を調べてみると、丁度斬撃において
敵を捉える部分でものの見事に折れており、少なくとも大ヒルに
放った一撃はしっかりと狙いの定まったものであったことが確認できた。
一方で大ヒルのような大物眷属が相手の場合、今の自分の剣技では
文字通りまるで刃が立たないのだと悟り、表情を曇らせていた。
単に武器を新調した程度では決して埋まらない力の差を感じていたのだ。
大ヒルの死体から少し離れた位置に
左半分が歪んだサレットが転がっていた。
サイアスがそれを拾い上げ、なんとか直せぬものかと観察していると、
「傷んだ装備にはこだわらん方がいい。気持ちはよく判るが」
と背後から声を掛けられた。騎士ヴァンクインだ。
「第二戦隊の騎士ヴァンクインだ。君が我が師のご子息だったと聞いて、
運命的なものを感じている。共に戦えたことを嬉しく思う」
ヴァンクインはやけに神妙にそう言った。
「あの、父のお知り合いの方ですか?」
サイアスはやや遠慮がちにヴァンクインに尋ねた。
威風堂々とした、猛獣のようなヴァンクインが
新兵ですらない自分に対してやけに敬虔な態度で接することに、
ばつの悪さを感じたからだった。
「あぁ。そうだな、説明がまだだった。私はかつて、君の父上から
グレイブの操法と連撃の心得を伝授していただいたのだ。
一介の槍持ちだった私は、師に贈られたこの大薙刀によって
多くの敵を討ち、やがて城砦騎士の一人となったんだ。
お父上には本当に感謝している」
「そうだったのですか。
……実は私は、余り父のことを知らなくて。
貴方のことも今初めて知りました。お恥ずかしい限りです」
ヴァンクインは即座に否定した。
「そんなことはない。
君も父上も立派になすべきことをなし、
今日の今、ここに至るのだ。何も恥ずべきことではない」
「ところで…… 何か悩んでいるように見えたが」
ヴァンクインは話題を変えた。
「はぁ。実は……」
サイアスは直前まで抱いていた自身の剣技の現状への思いを話した。
そして折れた剣を見せ、魚人や大ヒルとの戦闘経緯を説明した。
ヴァンクインは年端もいかぬ少年の話に対し、神妙かつ真剣に傾聴した。
そして暫し黙考し、自らの意見をまとめるかのように話し出した。
「君の流儀は既に完成されたものだ。遠回りで成果が薄いと
感じたとしても、ひたすら繰り返して究めていくのが一番だと思う。
よって課題は操法含め武器選びということになるのだろう」
そういってヴァンクインは自らの大薙刀をサイアスへ差し出した。
サイアスはやや躊躇し、一礼して受け取ったものの、
「私の膂力では到底振るうことはできません」
と答えた。
「刃の根元辺りを持ってみたまえ」
ヴァンクインはそう言い添え、
サイアスは言われたとおり試してみた。
緩やかに湾曲した刃が手元から生えるように伸び、
大乱れの刃紋が陽光を受けギラリと光った。
斬れる、これならば斬れる。
サイアスはそうした自信が沸々と滾ってくるような感覚を覚えた。
「斬撃を主体とするならば、こうした形状の刃が適している。
防御にはまるで向かないのが困りものだが」
「剣を二本用意して、場合によって使い分けるという手もある。
良かったら参考にしてくれ。 ……それと」
ヴァンクインはやや躊躇したのち、きっぱりとした口調で言った。
「私は、武器は信仰のようなものだと思っている。
斬れると信じ抜けば斬れる。迷いがあれば斬れない。そういった風に」
それは城砦騎士ヴァンクインそのもの、とでも言うべき言葉だった。
サイアスはずしりと重いものを叩きつけられたような気がした。
サイアスはその言に深く頷き、大薙刀を返して深々と頭を下げた。
「感謝いたします、ヴァンクイン様。心に刻みます」
「うむ。いずれ機会があれば、師匠より授かった連撃の秘伝を
君に継承して貰いたい。お互い戦い生き延び、また会おう」
城砦騎士ヴァンクインは微かに笑んでそう告げると、
サイアスに一礼して去っていった。




