サイアスの千日物語 三十日目 その二十五
およそ蠢く総ての敵を平らげ、ようやく静寂を取り戻した北往路。
その西の入り口に、遅まきながらも第二戦隊の強襲部隊本隊や
負傷者の見送りに戻った第四戦隊の兵士たち、
そしてローブ姿の治療部隊などが現われた。
新着した100名前後の兵士たちはいくらかの小隊に分かれ、
川に油を撒いて火を付けたり、より東方へ哨戒に向かったりと
忙しなく動いていた。
川へ油を撒いて火を付ける一手は、大ヒル対策として
頻繁に用いられる手法だった。これは単に襲撃を防ぐだけでなく、
屍臭に誘われて集まってくるのを防ぐ「臭い消し」の目的も持っていた。
もっともこれまで北往路において、
この一手が必要とされたことは稀であった。
そんな中、未だ痕跡の燻る大ヒルの死体を横目に見ながら、
デレクがヴァンクインへと馬を近づけた。そして開口一番、
「ヴァンキン鎧、生きていたか。無駄にしぶといな」
と、ヴァンクインに向かって毒を吐いた。
どうやらヴァンクインと板金を掛けているらしい。
「デレデレ君か。いつものふざけた口調はどうした?」
と、ヴァンクインもまたデレクに毒を吐いた。
普段の間延びした口調に掛けているらしい。
「うるせーぞ。今までどこで何してた」
デレクとヴァンクインは犬猿の仲として知られていた。
何でも器用にこなし視野も広いがどこか落ち着かないデレクと
現場一辺倒で視野が狭いが落ち着き溢れるヴァンクインは、
誰がみても両極端であり、顔を付き合わせる度罵りあう仲だった。
もっとも周囲が危惧するほどに憎しみあっているという訳ではなかった。
「あぁ。少し先で魚人8匹を始末したあと、
西から走ってきた馬を追ってさらに東へと向かったんだがな」
ヴァンクインは続けた。
「追いついた頃には2頭とも大ヒルに襲われている真っ最中でな……
馬には悪いがそのまま囮になってもらって大ヒルを仕留めておいた。
ここのヤツよりは小振りだった。死体かシミ位はまだ残っているだろう」
「うぇ、マジで…… 大ヒルまだいたのかよ。
……すると羽牙30に魚人15、大ヒル2か? 戦力指数で155か。
……お前らよく生きてたな」
「それは救援があったればこそだ。感謝している」
ヴァンクインは素直に頭を下げた。
「そいつは任務でやったことだ。感謝される言われはないが……
お前どうやってその大ヒルを仕留めたんだ」
デレクは疑問に思って尋ねた。
「あぁ。ただひたすらに、斬り付けた。100もいかぬうちに死んだぞ」
デレクはこめかみを押さえた。
「なんという脳筋…… なんでこんなのが偵察に」
「知らんし興味が無い。戦隊長にでも聞いてくれ。
なんであれ俺は任務をこなすだけだ」
デレクは舌打ちした。こいつはこういうヤツなのだ、という思いと、
自分には決してできない芸当だ、という思い。
両者が入り混じっての反応だった。
「……まぁいい。アッシュとかいう兵士長が向こうにいる。
話を聞いてやれ。 ……それと」
「女兵士もなんとか生きている。かなり厳しい状態ではあるがな」
「そうか…… あの少年が救ってくれたのだな。名はなんというのだ」
「聞いて驚け。ライナス戦隊長の息子、サイアスだ」
と、デレクはさも得意げに語った。
「おぉ、師匠のご子息か……」
ヴァンクインはデレクのドヤ顔は無視しつつも、素直に驚いていた。
ヴァンクインがまだ兵士長だった頃、戦技教官を兼任していた
ライナスに才を見出され、連撃の秘伝を伝授されたことがあったのだ。
恩師の子息とこうして共に戦場に立てることは、現場一辺倒で生きる
ヴァンクインにとってはなかなかに得難い喜びであった。
「さっきはサイアスを助けてくれたみたいだからな、
今回の貸し借りは一切無しだ。じゃーな」
それだけ言うとデレクはさっと馬を走らせサイアスの元へ向かい、
何事か告げたあと、もう一体の大ヒルの屍を確認すべく東へと向かった。




