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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その二十二

奇怪な断末魔を上げてゆらゆらと蠢く大ヒルは、それでもまだ

死に至ってはいなかった。馬車数台分の体躯を誇り、

他の眷族よりも魔に近しいとされるこの大ヒルは、生命力

いや生への執念においても、人の想像を超えていた。


デレクは勝利をさらに確実にしようと西方の湿原側にまとめてある

馬車の積荷へと馬を進め、近くで待機していた兵士たちに指示して

油脂の詰まった樽と染料入りの革袋、そして新たな松明を準備させ、

再び大ヒルへと向き直った。


「え? えぇー……」


東に広がる光景を目にして、デレクは呆れ混じりに声を漏らした。


「うわマジか……」


「グロいな」


デレクの視線を追った兵士たちも呻き、アッシュも顔をしかめて呟いた。


「再生処理の触媒とされるだけのことはあるな……」


「……そっちもグロいな」


「まぁ治るならいいや俺は」


兵士たちのぼやきを聞き流しつつ、デレクは


「とにかく火力マシマシだわ。

 こうなったら燃え尽きるまで燃やしてくれる。

 追加の燃料準備しといてくれ」


と言い残し、大ヒルへと馬を走らせた。


大ヒルは巨体をほぼ中央で皮一枚といった体で両断され、

断ち切られた裂け目からは体液や肉片に内臓、さらには未消化の

犠牲者の屍などがこぼれ、ご丁寧にも投げ込まれたさらなる火種によって

ジワジワと炙り上げられていた。だが大ヒルは遠からず訪れる死を

粛々と受け入れる気など毛頭なく、暴挙とも言える行動に出た。


大ヒルは巨体の前半分を強引にねじり、何重にも並んだ

細かい歯を持つ円形の口を分断された裂け目へと向け、

かろうじて繋がっていた後半分を噛み千切ると、

漏れでた肉や臓腑、屍等をグチャグチャと喰らい、

さらに分断された後半分までをも喰らい出した。

燃え尽き死にゆく間際にあってなお、生へと徹底的に執着し、

自らの血肉すら喰らって再生への養分にしようとしたのだった。


大ヒルはもはや喰らうためだけに生きていた。

一通り自らを喰らい尽くした大ヒルは、

さらなる血肉を求めてサイアスを見やった。

サイアスは折れた剣を握ったままの右手で左肩を押さえつつ、

片膝立ちで様子を見ていたが、大ヒルの殺意を超える喰意を浴び、

何とか立ち上がって折れた剣を構えた。まだ一度や二度であれば、

跳んでかわす位なし得るぞ、と大ヒルを見据えていたが、

そうした覚悟は不要のものとなった。


サイアスに向き直る大ヒルに対し、ドシンドシンと重々しい足音を立て、

第二戦隊の城砦騎士ヴァンクインが雄たけびも高らかに飛び掛ったからだ。


ヴァンクインはデレクとは異なり、何の策も弄することなく

ただただ大ヒルの真正面へと突っ込んでいった。

大ヒルはしたりとばかりに大口を開け、

ヴァンクインに喰らい付こうとした。

だがヴァンクインは重々しい外見にまるでそぐわぬ機敏さを以って

その一撃をひらりとかわし、大ヒルの口の根元部分を狙って

雷声と共に愛用のグレイブを打ち下ろした。


ヴァンクインを目で追っていたサイアスは、余りの動きに息を呑んだ。



右足を踏み込み、振り上げたグレイブを袈裟に落として一撃。

落としたグレイブを半旋回させ、右腕のみで横薙ぎに一撃。

そのまま右足を軸に左半身を回転させ、背中越しに石突で一撃。

両足を横にずらして前方へ向き直り、大上段から唐竹に一撃。

唐竹割りと共に身を沈め、飛び上がり様に風車のごとき一撃。



時の止まった世界でただ一人舞うかのごとく、

流麗な連撃が一息のうちに叩き込まれた。

同じ箇所に必殺の一撃を瞬時に五度叩き込んで強引に攻め立て、

ヴァンクインは円形の口らしき器官を根元から斬り飛ばした。

こうして大ヒルは喰らうべき術を失ったのだった。


流石の大ヒルも下半身がなくては満足に動けず、

口が無くてはもはや喰らうこともできなかった。

そこにデレクが次々と油脂と火をくべ、容赦なく火力を増して炊き上げた。

黒々とした巨体がぬめりやてかりを失い、単なる墨色の残骸となって

崩れ落ち始めた頃、デレクは革袋を投げ込んだ。

中身は白い染料であり、残り火に焼かれて眩しい程に白い煙を発した。

状況を終了せり。そういう意味を持つ狼煙の一炊であった。

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