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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その二十一

サイアスの攻防と時を同じくして、デレクもまた動き出していた。

デレクは終始川を向いて待機していたため

サイアスより的確に状況を把握しており、

サイアスの囮によって得たこの好機を逃すことなく

理想的な形で大ヒルに仕掛けることができた。


大ヒルが川面を割って跳び上がるのを見たデレクは、

大ヒルの跳躍が頂点に達する直前を狙って

騎馬の脇で風を切って旋回させていた短剣付きロープを投げつけた。

投げ放たれたロープは括りつけられた短剣を先端として大ヒルへと飛び、

丁度跳躍が頂点に達して落下に移行した大ヒルの胴体半ばに命中した。

短剣の切っ先は確かに大ヒルを捉えたが、

淀みと粘液で覆われた表皮を貫くことは到底できず、

上方へ弾かれて勢いを失い、ロープとともに大ヒルの胴に垂直に当たった。


このように短剣側のロープの先端は速度と勢いを失ったが、

もう一端、小石入りの革袋二つを括りつけた部分は

未だ勢いを失ってはいなかった。

革袋側の先端は投げつけられた勢いそのままに大ヒルへと進んで

巨体の下を潜り抜け、巨体の裏側へと進んだロープは

落下する大ヒルに折られるように上方へ、さらに手前へと戻ってきた。


宙を舞った大ヒルの巨体が地に落ちるまでに、

奥から上へ、上から手前へ、ぐるりぐるりとロープは走り、

二周回ったところで革袋が短剣とぶつかって噛み合い、

大ヒルに巻き付く輪となった。


デレクとしては単にロープの跡が大ヒルに付くだけで十分だったのだが、

予想を遥かに超えた理想的な成果を得ることになった。


特大の地響きを立てて地に落ちる大ヒルを尻目に、

デレクは左手の松明を宙へと放り上げ、

その隙に新たな革袋を取り出して、口紐を外して袋の口を右手で摘み、

さらに落ちてきた松明を左手で受け止めた。

曲芸染みた動きを難なくこなしてのけたデレクは

サイアスが吹き飛ばされるのを横目に捉えて舌打ちしつつ、

馬を大ヒルへと突進させた。


大ヒルは地上でのたうち暴れていたが、

ロープの輪は未だ振りほどかれてはいなかった。

ロープには二つの革袋の中身がたっぷり染みこませてあった。

革袋の中身とはすなわち、一口で悪酔いするほどの強烈な酒と、

松明や篝火にも用いることのある、粘度の高い油脂であった。


デレクは大ヒルに迫りつつ右手の革袋を勢いよく投げつけ、

即座に左手から右手へと松明を持ち替えて

革袋と同じ軌道を辿るように放り投げた。

新たに投げられた革袋は、ロープに括りつけた二つよりも

さらに大きいものだった。


大ヒルに命中した革袋は、ぼふっと音を立てて中身を周囲に撒き散らした。

中身は保存食の一部として馬車に詰まれていた小麦粉だった。

大ヒルの胴半ば、ロープの巻き付いた周辺を、飛散した小麦粉が

霧のように白く染め上げ、そこに革袋と同じ軌道を正確に辿った松明が

微塵の狂いもなく到達した。



ドゥンッ。



激しくも重い音が耳を叩き、大ヒルの表面に火球が生じた。

火球はすぐに拡散して消滅したが、それでも大ヒルを脅かし、

輪のように巻き付いた脂塗れのロープを引火させるには十分であった。


炎は瞬く間に大ヒルの胴周りを走り、黒々とした巨体を火の輪が彩った。

大ヒルはさらに激しくのたうち暴れ、やがてロープは焼け落ちたものの

火の輪が燃えていた部位は淀みや粘膜が焦げ落ち、

引き攣れて硬くなった桃色の真皮を剥き出しにしていた。

こうして大ヒルの漆黒の巨体半ばには、胴をぐるりと廻る、

場違いな一本の桃色の筋ができあがった。



「目」が無いならば、作ればいい。

デレクはそう考え、淀みと粘膜で覆われて斬撃を弾く表皮を焼き上げ、

周囲と硬さの異なる筋を作り上げて構造上の急所、

すなわち「目」としてのけたのだった。

「目」があるならば、あとは刃で斬り裂くのみ。

デレクは鋭利な眼光を放ちながら、大ヒル目掛けて殺到した。


デレクの馬は短距離を全力で疾走し、大ヒルの直前で馬首を左へ向けた。

そして騎馬の突進の勢いそのままに、デレクは振り上げたハルバードを

残像を伴う程に旋回させ、先端の斧の刃を寸分の狂いもなく

「目」となった桃色の筋に叩き込み、

余韻も残さずさらにもう一閃、寸分違わぬ軌道で斬り付けた。


ズシャン、ドシャァン。


派手な音を立ててハルバードの二撃は大ヒルを斬断し、

巨体はほぼ中心から半ば二つに分断された。


デレクは二撃を決めた後、馬首をそのままに左方へと走らせ、

西方の湿原側にまとめてあった馬車の積荷から一際大きな革袋を選び、

ハルバードの鎌の部分で突き刺して引っ掛けた。

そして馬首を廻らせ、二つに割れてのたうつ大ヒルの裂け目に

中身をこぼしつつある革袋を放り投げた。

中身はまたしても小麦粉だった。


デレクは次いで、地に落ちてなおも燃えていた松明を

ハルバードの槌の部分で掬い上げるように打ち、

大ヒルの裂け目へと飛ばしてのけた。

やや湿りのある爆発音が起き、大ヒルは身体の内側から

さらに焼き上げられることとなった。


形容しがたい声で呻く大ヒルの息の根は未だ止まってはいなかったが、

その命脈が程なく尽きるであろうことは、疑う余地の無いところであった。

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