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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その十七

「お前らはここにいろ。大ヒルが動く可能性が高い」


デレクは真剣な表情で言った。


「さすがにここまで出張っては来ないだろ。

 場合によっては離脱して報告を頼む」


「そんな場合が来ないことを祈ってるぜ」


兵士のセリフにデレクは薄く笑った。


「あいよ」


デレクは近くの積荷からいくらかの革袋とロープ、松明を抜き取り、

慣れた手つきで松明に手早く火を付けた。革袋は腰に下げ、

松明を左手に、ハルバードを背に回して馬に跨った。


「さて、行くか」


デレクは足捌きのみで馬を操りサイアスの元へと向かった。



「あれは…… ディードなのか」


アッシュが呟いた。


「お仲間かい」


兵士の一人が尋ねた。


「ああ、うちのもう一人の兵士長だ。そうか、生きていたのか……」


アッシュは喜びとも苦悩ともつかぬ複雑な表情をしていた。

小隊で移動中、大ヒルの薙ぎ払いをもろに受け、盾ごと吹き飛ばされて

動かなくなった時点で、死んだものと判断し放置したのだ。無論、

隊全体の存続を考えれば、その行動は決して責められる類のものではない。


別の兵士の一人が、ふと疑問に思って尋ねた。


「あんた、診なかったのか?」


「……あぁ。ちょっと嫌われててな」


「……もしや、あれは女か」


「……あぁ。そうだ」


「なる。診察ついでに口説きでもしたか」


「……」


「図星かよ……」


「そらダメだわ」


「ダメ過ぎる。腕は良いのに残念なヤツだなぁ」


「にしても、診察より死を選ぶ程の嫌われようって、凄ぇよな」


兵士たちの辛辣にして適切な評価に、


「ハハ、全然『ちょっと』じゃねぇよな……」


と、何やらヤケになったアッシュが合わせた。


「……」


「……」


「……」


一向に何とも言えない沈黙がおりた。




サイアスはディードの傍らに跪き、腰のベルトに掛けた水嚢の蒸留水で

先ほど用いた白布を裏返して湿らせ、ディードの顔をぬぐってやった。

そして別の革袋からとびきり赤く熟した実を取り出して握りつぶし、

ディードの唇にその雫を落とした。


ややあって小さく唇が震え、ディードは薄く目を開けた。

サイアスの不安げな表情は明るくなり、嬉しそうに目を細めた。

ディードは何か言おうとした。

が、うまく言葉を発することができないようだった。

そこで水嚢の蒸留水を口に含ませるとディードはごぼりとむせ、

慌てたサイアスはディードの頭を抱きかかえ、顔を横に傾けさせた。

ディードの唇からは真っ赤に染まった蒸留水が溢れてきた。



「内臓傷めてそうだな……」


いつの間にか到着し、様子を見ていたデレクが言った。


「動かさない方がいいだろう」


そう言って、解いたロープをしまうべく、再びえび結びに戻し始めた。

どうやら馬に縛り付けて運ぶつもりだったようだ。


「危険な状態ですか?」


ディードの口元をぬぐいつつ、サイアスがデレクに尋ねた。


「目立った外傷は腕だけだ。

 顔にむくみはないし、血色も悪くない。流石に中身は専門外だが、

 助かる見込みは十分あるんじゃないか? それに」


「見込みが無かったら諦めるのか? お前」


「いいえ」


サイアスは即答した。


「必ず助けます」


デレクは薄く笑った。サイアスの目は決意に満ちていた。

これではテコでも動きそうにない。デレクはやや肩をすくめて言った。


「お前のそういうところは、戦隊長にそっくりだ」


デレクはサイアスに在りし日の第四戦隊長、

城砦騎士長ライナスの雄姿を重ねていた。


「いいだろう。俺もやる気になった。どの道アイツは始末しないとな」


そういって東を見やり、ディードの頭を抱えたまま、

サイアスもまた東をみた。


視線の先では、川から身体の殆どを乗り出した大ヒルが

3つの首なしの兵士の屍に覆いかぶさり、

抱きかかえるようにしてぶるぶると震えながら

水面へと戻っていくところだった。


「あれがヤツの本来の姿だ。川沿いの戦場に現われて、人魔問わず、

 屍を漁って帰っていく。生息域も本来はもっと下流。

 城砦の西側のはずなんだがな」


デレクは東に見える大ヒルよりも、

さらに遠くを見つめるようにして言った。


「……なぁサイアス。俺らの真の敵は、あれじゃぁない。

 あれを背後で操ってるヤツだ」


「はい……」


サイアスは神妙に頷いた。

無数の眷属を背後で操り、闇に跋扈し人を狩る存在。

人より遥かに大きく、強く。

世界を統べる力を持つそれを、人は「魔」と呼んでいた。


「お前の親父さんは、そうした存在と戦ってたんだ。

 そして戻ってこなかった」


デレクの言葉にサイアスは目を見開き、次いで唇をきっと結んだ。

父ライナスの戦死について、新たな情報を得たのはこれが初めてだった。


「サイアス、強くなれ。そして戦隊長の意志を継いでくれよ。

 そのときは副長ともども、お供するぜ」


「……いつか、きっと」


サイアスは静かに頷いた。デレクも頷き、そして告げた。


「あの大ヒル、次は必ずここに来る。仕留めて死者への手向けとしようか」

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