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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十九日目 その十二

城砦本城中層より「目覚まし」なる特大の飛翔体が

放たれて、大湿原の北西の一角へと着弾する少し前のこと。

架橋作戦に当たる北東方面軍の総大将である第四戦隊副長にして

騎士長、魔剣使いベオルクの率いる第四戦隊を中心とした

分隊は城砦の真北、大湿原のくびれた北西の一角の真西。

双方から等しく距離をとった中継地点で

次の作戦に備え待機状態にあった。


ベオルクは兵団長サイアスや二戦隊所属の城砦騎士

ミツルギら指揮官級の数名を伴い、待機中の隊を離れ

北西一角の外縁部を時計回りに11時の位置まで進み出た。

そして遠眼鏡を用いて、概ね1時の位置にあるこの小湿原とでも

いうべき独立した一角と、さらに北方を流れる川との距離が

最も狭まった箇所、すなわち隘路あいろを観測していた。


「やはり居るようだな。

 フン、早朝から精の出ることだ」


愛馬にして名馬たる「軍勢の守り手」という名を持つ

漆黒のヘルヴォルの手綱を取り、姿勢を低くして

前方をうかがうベオルクは、揶揄やゆするように低い声を発した。


潅木の狭間に見え隠れする隘路には熱心に何事か作業中の

魚人10体程がいた。以前サイアスが騎兵を率いて哨戒した折

魚人衆は専ら川縁から隘路に水を運んで撒き散らし

同時に川べりを削るようにうごめいていたものだが、

今前方に垣間見えるこれら河川の眷属どもは

さらに大胆な行動を取っていた。


「今後は気軽に武器を投擲とうてきしない方が良いようですね……」


ベオルクの脇でミカの首を撫でつつ

遠眼鏡を覗いていたサイアスが溜め息を付いた。


魚人衆はこれまでの戦闘で兵士らが投擲し

味方の幾らかを仕留めてきた廃棄状態の手槍や斧を手に、

ガツガツと地面を掘削している様子だった。




魚人は屈曲して前方へ折れ曲がる魚の頭部と

そこから斜め後方へと下る魚の胴体に四肢を生やした、

いびつながらも人に似た体躯を有する、北方の河川を

主な棲息域とする眷属であった。猪首を突き出して

前屈みとなって歩くその歩行速度こそ高くはなかったが

決して鈍重とはいえぬ動きをなし、全身をびっしりと覆う

鱗が天然のスケイルメイルとなって攻撃を弾いた。

戦術としては集団戦を好み、羽牙同様部隊単位での行動を

基軸としてやはり羽牙同様に威嚇いかくや挑発といった

心胆への攻め手を好んでいた。


また魚人は大口手足と同様に、自作できぬまでも

人の使用する武器を拾って用いることで知られており、

武器が手元になくとも路上の石を拾っての投擲攻撃を頻用した。

言い換えるなら人と同様の戦術を採る並の人より遥かに優れた

身的能力を有する水辺の精鋭部隊、それが魚人であった。


もっとも魚人には明確な弱点もあり、

人が水中でその能力を十全に発揮できぬのと同様に

陸上では本来の能力を十全に発揮することができず、

川から離れる程その能力は低下した。戦力指数は水際で5。

完全に陸に上がった今の状態なら概ね3弱であろうかと思われた。




「そうだな。連中が自前で道具を用意できんのは幸いだ。

 にしても、これまでになく明確に、かつ性急に動いている。

 既に人目をはばかる必要が無いほど敵の策が進んでいる

 と観ておくべきだろうな」


ベオルクはサイアスに賛同し奸智公爵の謀略を俯瞰した。


「襲って武器を奪取致しますか?」


ミツルギは眼光鋭く前方を見据えつつベオルクに問うた。


「いや、そろそろ定刻だ。支援砲撃が来る」


ベオルクは偵察を切り上げ、ヘルヴォルに騎乗した。


「隊へ戻るぞ。羽牙に絡まれてもつまらぬ」


「了解しました」


サイアスらは短く応じ、ベオルクと共に

南西で待つ分隊の元へと引き揚げた。




ベオルクらが分隊へと帰還し、作戦展開を伝えて

再度の進発に向けその機会を窺っていると、定刻通りに

そしてやや変更を伴いながら作戦展開が進行した。

羽牙の大群は雲霞の如く羽ばたいて分隊の東手を南に、

ついで南西へと流れていった。瀑布の如き爆音を響かせ

飛びすさぶ羽牙の群れ。そしてその前方を泡を食って逃げてゆく

デレクら騎兵衆の有様を遠めに見て取り、


「まったく愉快な連中だ。

 あれで毎度生き残るのだからどうかしている」


と顔をしかめつつも

甲冑を揺らし笑って見送ったベオルクは


「羽牙どもが戻ってくることはないだろうが、

 一応迎撃態勢を取っておけ」


とラーズやランド他射撃を専らとする兵士らに命じた。




待つこと暫し。ベオルクの予測通り、

羽牙の群れは一体たりとも戻ることはなかった。

これを受けベオルクは頃合と判断し、北往路側の分隊を

進発させ、小湿原たる一角の外縁部に沿うようにして

時計回りに進行し、やがて隘路へと入った。


「ふむ、綺麗さっぱりと居なくなったな……」


普段水中に暮らす魚人にとり、支援砲撃のもたらした

轟音と衝撃は文字通り驚天動地のものであったのだろう。

隘路には先刻まで作業に勤しんでいた魚人らの姿は無かった。


およそ南北に2から3オッピ程と、大型馬車が並んで2台通るには

やや厳しい幅のこの隘路は、河岸に近い程魚人の撒いた水気に満ち、

湿原外縁の潅木へ向かって、人の胴程の幅の溝が何本か掘られていた。

現状、その深さは人のくるぶしの少し上まで程。その長さは

およそ半オッピにも満たない程のものではあるが、

これは単なる遊びや思い付きによってなされた仕儀ではなく、

明確な意図と計画を以て掘り進められている運河の基礎であると、

今や見るもの全てが納得せざるを得ない様相を呈していた。


「ほんと、ロクでも無いわね……

 どうするのかしら?」


名馬クシャーナの背でニティヤと共に

うんざりとした表情で溝を眺めるマナサが問うた。


「まずは散乱するボロ武器の処分だ。

 溝には油をたっぷりと撒いておけ。

 サイアス。お前たちで有効に活用せよ」


ベオルクは兵士らにそう指示し、

サイアスに頷いた。


「了解です。

 最近はすっかり火遊びにも慣れました」


サイアスはベオルクに頷き返し、薄く笑んだ。


「まぁ。奥さんたちに聞こえているわよ?」


マナサはクスクスと笑ってそう言った。

マナサの背後ではニティヤが、そして背後や

台車からは一家の女衆が冷たい視線でサイアスを射抜いた。


「!? 流石にそちらの話では……

 ともあれ、後のことはお任せください」


サイアスは極力平静を装い、ベオルクへ

さっさと行けとばかりに目で促した。


「うむ。十分に気をつけよ。色々とな」


ベオルクは人の悪い笑みを浮かべ、

兵士衆の表情も同様であった。


「頑張って頂戴。色々とね」


口元に手をあて目を細め、

マナサは至極楽しげにそう言った。そして

マナサの背後では、表情を消したニティヤがぼそりと呟いた。


「帰ったら家族会議ね……」


「」


サイアスはとにかく馬上で敬礼し、この場をしのぐことにした。

背後では不機嫌なオーラを放つデネブと苦笑するヴァンクイン、

そして憐憫の眼差しを向けるミツルギと抜刀隊が

共に本隊の進発を見送っていた。

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