サイアスの千日物語 三十日目 その十五
サイアスとデレク、それに第四戦隊の兵士2名は
羽牙に続き魚人をも始末したことで、余裕が出てきたようだった。
魚人の屍を一通り検分した後、軽く雑談をかわしつつ湿原側へ戻ろうと
歩き始めて数歩というところで、前方で重症の兵士を診ているアッシュが
こちらに向かって手招きしつつ、何事か叫んでいるのに気付いた。
「ん? 何か吠えてんな。聞こえんけど」
「ふむ」
「まだ何か、あったっけか……?」
兵士たちは首をひねった。
「あー……」
デレクが間延びした声をあげた。
「そういやでかいの残ってたな」
ごぽり、と背後で音がした。
「走れ!」
デレクは瞬時に走りだし、十分加速してその後、叫んだ。
鎧が無いので一際速く、あっという間に逃げ切った。
兵士2名もそれに続き、背後にずしん、と音を聞きつつ
何とかアッシュの待つ安全圏まで走り切った。
振り返ると件の大ヒルが川から乗り出し、魚人の屍に覆いかぶさって
ぶるぶると震えつつ戻っていくところだった。
「うわ、喰うんかよ……」
兵士が呻いた。
「あー、晩飯が……」
デレクが嘆いた。
「お前も喰うんかよ……」
兵士はさらに呻いた。そして
「てかおいデレクてめえ! まずは声かけてから走れ!
我先に逃げてからとかふざくんな!」
「汚いな流石城砦騎士汚い」
などと喚いた。
兵士たちは大きく肩で息をしている。
「間に合ったし良かったじゃん。てかお前、足はいいのか?」
デレクはけろりとした様子でしれっと言った。
「あぁ…… 何か必死過ぎて治ったわ」
「都合の良い怪我だなおい!」
「いやまあ、アッシュの腕が良いってことで一つ……」
デレクと兵士たちは笑いこけた。
緊張の糸が切れたせいか、一気にこみ上げたという感であった。
第二戦隊の兵士長アッシュはどうにもノリに付いていけず、
やや引きつつもデレクらに尋ねた。
「なぁアンタら。あの坊主はどうした?」
そこでデレクと兵士たちははっと我に返った。
「あ、いない……」
「え? まさか……」
慌てておろおろ振り返った兵士たちの右手、東の方から声がした。
「生きてます!」
サイアスの声だ。見れば東側、往路がやや狭くなって緩やかに
北東へと曲がりつつある付近にサイアスが座り込んでいた。
「生きてんじゃん!」
「あー心配した。うん心配した」
「てか生きてますって返事もなんだかな」
デレクや兵士がほっとしていると、再びサイアスの声がした。
「この人、生きてます!」
一同は顔を見合わせた。
遠目に見えるサイアスの足元には、
人の屍らしきものが一つ、転がっていた。




