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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その十四

第四戦隊の兵士2名と羽牙5体との戦闘は、実にあっさりと決着した。

城砦騎士デレクが登場したためだ。


二方向から殺到する兵士に対して対応を即断しかねた羽牙たちが、

わずかな逡巡の後、まずは手負いを、と足を引きずる兵士に

向き直って攻撃態勢を取った直後、羽牙の群れの左側面、

丁度湿原の中から弓弦の音が響き、複数の矢が羽牙たちを貫いた。

デレクは一度に三本ずつの矢をつがえて手早く放ち、瞬く間に

5体全てを射落とした。第四戦隊の猛者がそれを見過ごすはずもなく、

兵士2名は即座に殺到し、手際よく止めを刺していった。


無言で黙々と、流れ作業で羽牙を始末し終えた兵士が言った。


「デレク! お前今まで何して…… ってうぉっ、きたねぇ!」


「うるせーほっとけ。汚い上に臭くて最悪だわ……」


デレクは羽織っていた外套を脱ぎ捨てた。

そして大きくため息をつき、続けた。


「穴掘って埋まって待ってたんだけど、

 こいつらなかなか湧かなくてさー。お陰で酷い目にあったわ。

 早く風呂に入りたい……」


デレクの後方、湿原へやや入り込んだ所に窪みがあった。

窪みには船の帆に使う分厚い布が布かれ、その上に大盾が裏返しに

置いてあった。デレクはその上に寝そべって、さらに毒々しい汚泥と

潅木で覆った外套をかぶり、確実に殲滅できる機会を狙って

潜んでいたのだった。


「ダメだ。鎧も臭い…… 勲功5000点の逸品なのに」


そう言って着込んでいた鎧を脱ぎ捨てた。布地の上に

硬軟織り混ぜた皮革や金属の小札をあてがい、さらに布地を被せた上で

防具も兼ねた金属の鋲で止めて形成した、高い柔軟性を持ちつつも

板金鎧に迫る強度を誇る胴鎧、ブリガンダインだ。

布地に金属を縫い当てたコートオブプレートを

さらに発展させたものであった。デレクの品は特注で、

肩や二の腕、腰周りまでを金属を皮革で包んだ小札が補強していた。


「もったいねぇ…… 要らんけど」


「欲しければ、ってはいはい」


兵士の呟きにデレクは苦笑し、北側の川の方を見た。

丁度1体の魚人がサイアスに攻撃を仕掛けようとしているところだった。


「む、サイアスが」


デレクはそう言うと弓を置き、チュニックにハルバードのみといった

軽装で駆け出した。兵士2名も慌てて続いた。


デレクと兵士がサイアスの間近まで迫った頃には、

魚人との一騎打ちは済んでいた。魚人は頭部を見事に切り飛ばされ、

サイアスは何事もなかったかのように

川縁からにじり寄る3体に剣を構えていた。



緑と紫の斑な胴を持つ3体の魚人は、目測を誤ったことに怒ってか

口から泡を飛ばして震えていたが、それでも3体同時にかかれば易い

と判断し、一気に距離を詰め出した。正面、そして左右に分かれて

いよいよ殴りかかろうというとき、サイアスの影から追加の3名が

現われたため、慌てて動きを止め、不自然な体勢でつんのめった。


待ち構えていたサイアスは躊躇なく飛び出し、中央の一体に斬撃を放った。

左のエラ元から斬りこんだ刃は魚人の身体を半ば縦に裂いて飛び出し、

魚人は血を撒きながらそのままよろよろと数歩前に歩き、

そこをさらにバックラーで殴り付けられて昏倒した。

そこへ後方から真っ直ぐ走りこんできた兵士が飛びかかり、

戦斧の一撃で斬撃の跡をなぞるようにして縦に叩き割った。

残り2体にはデレクがハルバードを一閃させ、斬り、打ち、突きを

二匹同時に叩き込んで仕留め、魚人との決着も一気に着いた。



サイアスは帯剣の血を振り落とした後、腰のベルトの金具に戻した。

そして右手を上げ、兵士たちやデレクと小手をかつりと打ち合わせた。


「えらく綺麗にしめたな。サイアス」


兵士の一人が頭部を飛ばされた魚人の屍を見て言った。


「おー、今日はかぶと煮と開きかー」


「食うんかよ」


デレクはいつもの調子に戻っていた。


「サイアス。もう『目』が見抜けるようになったのかい?」


「いえ、全然」


デレクの問いに、サイアスは肩をすくめた。


「なのでまずはつついて調べることにしました」


「ハハ、兵士的には大正解だな」


「二戦目にして流儀を確立とは大したもんだわ」


「流儀、ですか?」


兵士たちの言葉にサイアスは問い返した。


「自分なりの戦い方のことさ。ここで生き残るには必須だぜ」


兵士はそう答え、それを受けてデレクは言った。


「臨機応変てのは、格下相手だから上手くいく。

 ここで相手する魔や眷属は人より遥かに上だから、

 世界に一つの自分流を徹底的に磨き抜くのが模範解答ってこと」


サイアスは目を見開いて聞いていた。

そこまで深く考えてはいなかったためだ。


「基本、喰うか喰われるかだからなー。

 同じ相手と殺り合う機会なんて、そうそう無いし。

 それに流儀があれば躊躇が消える。実戦で迷ったら死ぬし」


デレクは魚人の屍を検めつつさらに続けた。


「サイアスの場合、まずは回避を最優先しつつ

 軽めの突きで『目』を探し、上手く見抜けたら相手を崩し、

 例の大技を叩き込む、て具合か。このやり方をひたすら繰り返し、

 どんな時、どんな相手にも躊躇なく実行できるようにすればいい」


「おー、成程……」


サイアスは何度も頷き聞き耽っていた。


「デレクが真面目に語りに入るとか、珍しいこともあるもんだ」


兵士の一人が笑った。


「うるせー茶化すなよ。まったくお前らはさー」


デレクはやや照れつつ苦笑した。


「まぁ、これだけの原石であれば、誰だって磨きたくもなるだろー」


デレクは上機嫌で笑って答えた。珍しく目も楽しげに笑っていた。

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