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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その十三

「いいかサイアス。お魚野郎は水辺が本場だ。陸に上がれば弱くなる」


魚人と羽牙の挟撃の中、背中を合わせた第四戦隊の兵士が

サイアスに言った。二人は魚人と羽牙両方が見えるよう、

東西を向いて背を合わせていた。


「はい」


サイアスは答えた。羽牙の奇襲を防いだ際に左腕を少し痛めており、

重いホプロンは放棄してバックラーに切り替えていた。


「ゆえに連中の一手目は威嚇か様子見だ。

 速攻畳み掛けってのはまず、ない」


兵士はそう言うと南側、湿原との境目を舞う羽牙5体へと向き直った。

先刻の奇襲に失敗した羽牙5体は、湿原寄りの空を旋回しつつ、

さらなる隙を伺っていた。


「てことでしばらくお魚さんと睨めっこしててくれ。

 俺はあいつと羽牙の相手だ」


そういうと前方やや西でアッシュと共に負傷兵を守る、

もう一人の兵士に目配せをした。


「やばいと思ったら大声出せ。すぐに駆けつける。

 それも無理なら西へとんずらだ」


「判りました」


サイアスは抑揚のない声で静かにそう答えた。


「おぅ。しかしお前、ビビらんなぁ」


兵士は笑った。確かにサイアスは年齢や経験に比して

異常な程落ち着き払っていた。


「はぁ。最近こんなのばっかりなもので」


「化け物とのお付き合いに慣れちまったか」


「どうせ付き合うなら、もっと見目麗しい相手がいいです」


「そらそうだ。俺も当分魚はいいわ……」


そう言いつつ兵士は左手に長柄の戦斧を短く持ち、

右手に手斧を数丁まとめて握った。


「んじゃ行って来るぜ。ご武運をってな」


兵士は羽牙へ向かって駆け出した。

それに呼応してもう一人の兵士も羽牙へと向かい、

二方向から攻撃を仕掛け始めた。




サイアスは単騎となって魚人4体と対峙した。

魚人たちは確かに即応はせず、しばし状況を静観していたが、

兵士が十分に離れ、サイアスが一人きりになったのを確認すると、

手始めに1体がサイアスへと寄ってきた。様子見の先鋒ということらしい。

色は青みがかった暗い銀色。通常の個体だ。


サイアスは左手のバックラーを真っ直ぐ前に突き出して半身になり、

右手首を返して数度剣で空を切ると、右腕を肩の高さに掲げて引き絞り、

剣を寝かせて切っ先をピタリと魚人の鼻先に合わせた。

突きの準備姿勢として知られる「矢の構え」だ。


魚人はなおも前進を止めず、ぬちゃりぬちゃりとサイアスに歩み寄ると、

左腕を脅すように緩慢に振り上げ、サイアスの肩口目掛けて

豪快に振り落としてきた。サイアスはこれを欺瞞攻撃と判断した。

そして半歩右に下がりつつ、切っ先は魚人を捉えたまま

手元のみを大きく跳ね上げて、護拳で魚人の手首を弾き飛ばした。


魚人の一撃はやはり欺瞞であり、あっさり弾いたその直後に、

続けて右腕が飛んできた。サイアスは右膝を軽く曲げて身をかわしつつ

バックラーで魚人の右腕を殴り飛ばし、次の拍子で右斜め前方へ飛んだ。

直前までサイアスの居た位置を、魚人の鋭い体当たりが襲い、空を切った。

両腕の攻撃はあくまで牽制または予備動作であり、

体当たりこそが本命だったようだ。

サイアスはがら空きになった魚人の側面に対し、

立て続けに三度、突きを放った。


突きは腕の付け根、脇腹、エラ付近の三箇所に命中したが、

エラ付近を除く二撃は鱗にあっさりと弾かれ、

エラ付近の一撃も浅く体表を抉ったにとどまった。

鋭い反撃にややひるんだ魚人ではあったが、

肝心の威力が軽微であることを受け、腕を振り上げて

身体をゆすりながら、奇怪な声を発した。どうやら嘲笑しているらしい。


初撃は不首尾に終わったが、反撃にはまるで威力がなく、

華奢で小柄な見た目通り非力な存在であり、

続けて押し切れば程なく潰せる。そう判断した魚人は、

なおもゆらゆらと身体をゆすりながら、一気呵成に攻めてきた。


サイアスは構えを変えていた。

バックラーを突き出して伸ばした左手はそのままに、

剣を左腕に乗せるようにして切っ先を左へと流していた。

丁度矢をつがえる途中の姿勢に似ており、

また弦楽器を演奏する姿勢にも似ていることから、

この構えは「弓の構え」と呼ばれていた。


魚人はサイアスに対して、先刻と全く同じ攻撃を仕掛けてきた。

左腕を振り上げて大振りに打ち下ろし、間髪入れず右腕での薙ぎ払い。

そして薙ぎ払った姿勢を戻す反動での鋭い体当たり。

サイアスは最初の二撃には手を出さず回避に専念し、

体当たりに合わせて魚人の横面をバックラーで殴り飛ばして、

完全に魚人を死に体にした。魚人は反撃が軽いと侮っていたため、

撃って来いといわんばかりにゆったりと身体をさらしていたが、

これは完全な誤りであった。


「!!」


サイアスは頭上で帯剣を旋回させ、重量、突進力に遠心力も加え、

裂帛の気合と共に大上段から全力で打ち下ろした。

剣閃の鋭さに空気が悲鳴のような音を立て、

帯剣は過たず魚人側面のエラ元へ走り、魚人の頭部が吹き飛んだ。

魚人は暫し頭を失くしたことに気付かぬ風に立ちすくみ、

紫の血を派手に飛ばして地に倒れた。


サイアスに1体をけしかけた3体は、

しばし判断力を失い呆然としているようだった。

サイアスはその隙にさっさと距離を取った。

そして再び矢の構えに戻り、切っ先を魚人3体に突きつけた。


「まずは一匹」


サイアスは小さく呟いた。

その目には一切の興奮も躊躇も動揺もなかった。

サイアスはただ静かに、眼前の敵を見据えていた。

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