サイアスの千日物語 十九日目
サイアスの回避技能の特訓は順調に進み、
グラドゥスは成果に十分な手応えを感じていた。
少なくとも入砦早々くたばりはすまい。
そう納得し得るだけの実力をサイアスは得ていた。
「さてサイアス。
ここからは今修得できなくても構わん。
とりあえず『見て』おけ」
今日の訓練には数名の村人が呼ばれていた。
彼らは木でできた大きな器械を運んできた。
「こいつは破城槌の出来損ないさ。
急ごしらえで性能は劣悪」
「おまけに槌がわりの丸太が飛び出す。
物騒をきわめた出来損ないだ」
「グラドゥスさんよ、
作った当人の前で言うんじゃねえよ」
運んできた村人がぼやき、
グラドゥスは愉快そうに笑って答えた。
「いやいや、
お前さんたちはいい仕事をしたよ。
実に注文通りだとも。さぁて、
んじゃもう一仕事頼むぜ……
俺に向かって丸太を飛ばしてくれ」
村人たちは顔を見合わせた。
「おぃおぃ、あんた死ぬ気かい?」
グラドゥスはさらに笑って答えた。
「バカいうな、丸太相手に死ねるかよ。
もちっとマシな死に方を希望するぜ」
「そうですとも。いくら伯父でも
丸太と結婚して跡継ぎはできません」
「違いねぇ」
サイアスはしれっと毒を吐き、
村人たちはケラケラと笑いあった。
「うるせぇぞサイアス!
お前らも笑ってんじゃねぇ!」
グラドゥスはくわっと目を見開いて吠えた。
「……ったく。この俺ちゃんがそりゃもう
カッコいいとこ見せてやろうってんだ。
慎んで有難く拝見しやがれ」
そういうとグラドゥスは普段使いの槍ではなく、
細身の刀を手にして破城槌の正面に立った。
普段の飄々とした雰囲気と打って変わって、
総身からビリビリと痺れるような気迫が溢れた。
「んじゃちっと飛ばしてみてくれ。全力でな。
ま、くたばりゃしねぇから安心しな」
「お、おう。んじゃ、いくからな……」
村人たちは破城槌をそのまま後方へ引き下げ、
助走に十分すぎる距離を取り、屈伸し
準備体操をして突進に向け備えていた。
「なんか殺意が垣間見えてるぜお前ら……」
「気のせいだろ。ほいじゃいくぜ大将」
言うが早いか気勢を上げ、
全力で破城槌を押し始めた。
ガラゴロと不器用な音を立てながら、
破城槌は恐ろしい勢いで突っ込んでいく。
不意に破城槌は動きをとめた。
村人たちが全力で踏ん張ったのだ。
結果丸太が射出され、グラドゥス目掛け飛来した。
必殺の勢いで迫りくる丸太。だがグラドゥスは
未だ微動だにしていなかった。
丸太がグラドゥスを打ち砕くと見えた、
その刹那。サイアスにはグラドゥスの目が
閃光を放つのを見た気がした。
誰もが目を疑う光景が広がっていた。
グラドゥスは悠然とその場に立ち、
丸太は水平に両断され、グラドゥスの背後で
地に落ち揺れ転がっていた。
「見えたかね、サイアス」
低い声で、しかしどこか楽しげに
グラドゥスがサイアスに声をかけた。
「……はい」
「結構、結構。
なぁに、今はそれで十分だ」
グラドゥスは楽しげに笑った。
「俺らはよく見えなかったぜ……
なぁ大将、もっかいやってくれ」
村人たちは言った
「無茶いわんでくれ。
結構疲れるんだぜ、これ」
グラドゥスは既に納刀し
いつもの手槍を持っていた。
荒野の城砦での戦いで隻腕となるまでは、
名うての剣士だったという。その片鱗を
垣間見たサイアスは、知らず身震いをしていた。
サイアスには見えていた。
膨れ上がって襲い来る、巨大な魔獣とその爪牙が。
そしてそれを断ち屠る、白銀の一閃、その煌きが。