サイアスの千日物語 四十八日目 その八
本城中枢、中央塔3階にある大会議室。
優に100名を収容できるはずのこの大部屋は、
今や30数名の人手でびっしりと埋まっていた。
無論空隙は十二分にあり、遠目には広々とゆとりが
見受けられた。だが間近で見ればそこに詰める者たちの
発する圧倒的な武威の気で、視界が揺らぐほどの圧迫感だった。
今この一室に集うのは、およそ4億と言われる現在の
平原の人々の中でも特に傑出した勇者たる城砦兵士を
さらに10倍しても届かぬ程の武の頂きを極めた者たちであり、
当世にその名を轟かし後世に伝説として語り継がれるべき
20数名の英雄。すなわち絶対強者たる城砦騎士たちであった。
城砦騎士は世俗のいかなる名声栄誉や利得感興と関わりなく
出自や年齢性別、功罪すらも意味を成さずに、ただその
強さのみを標として見出される至高の戦士への呼称であり、
血の宴に続く人と魔の戦いと城砦100年の歴史において
この称号を得た者はわずかに200余名。
そして当代現役たる者は僅かに22名であった。
だが今この大会議室に集う抜山蓋世の傑士はさらに少なく
20名。後は上層部たる数名と議事の運営を担う
数名の軍師や兵士といった、城砦騎士ではない人手であった。
サイアスは今、大会議室の来賓席に参謀長セラエノと
並んで着席していた。中央塔1階の広間に入ったサイアスを
即座に頭上から捕縛したセラエノが、そのまま羽ばたいて
3階へと連れ去った結果であった。
城砦騎士団に内在する騎士会と兵団という二つの組織。
これらは共に騎士団長と上層部並びに参謀部を上位に
置く組織として位置付けられてはいたが、
城砦騎士のみで構成されると騎士会と騎士の派遣先となる
兵団とでは、構成員の序列や位階に随分違いがあった。
城砦騎士団では、西方諸国連合との地位的な兼ね合いや
大国の常備軍の一部たる駐留部隊を齟齬なく統括するために
その首長を大国の王侯が任期を伴って勤めることになる。
この者は必ずしも騎士である必要はなく、本来なら
サイアスらのいる来賓席で式典を見守って然るべきなのだが、
当代の騎士団長は王侯でありながら自らが城砦騎士でもあり、さらに
王侯として在ることよりも一個の城砦騎士であることを好んでいた。
そのため騎士会においては戦力指数に基づいた城砦騎士としての
序列に沿った位置に陣取り、筆頭騎士の指揮下に入っていたのだった。
会議室の中央正面の壇上後方に設けられた
首魁たる筆頭騎士の主座には、剣聖にして騎士長たる
第二戦隊長ローディスが座しており、その両脇には
第一戦隊長オッピドゥス・マグナラウタス子爵と
第四戦隊副長にして魔剣使いたるベオルク。すなわち
人類史上数名しか存在しない騎士長たる者が占めていた。
そして壇上の主座に向きあう形でやや距離を取って
配された横並びの3列の座席においては
一列目筆頭に第一戦隊精兵隊長シベリウスが座し、
ついで第二戦隊副長ファーレンハイトが。
さらに第二戦隊強襲部隊長にして迅雷公女ウラニアや
第四戦隊騎士マナサなどが、騎士長に次ぐ戦力指数を誇る
英傑としてその座を連ねていた。
一方第三戦隊長にして辺境伯たるクラニール・ブークや
本来は城砦騎士団長として来賓席にあるはずの
チェルニー・フェルモリア王弟殿下などは、
二列目の半ば程に座していた。
「揃ったようだな。それでは臨時の騎士会を開催する。
なにぶん戦の最中だ。挨拶やらは省いて用件のみ伝えよう」
一通り席についたのを見計らい、騎士会の首魁たる
ローディスがおもむろにそう切り出した。
「宴の第一夜、世界の覇者たる大いなる魔が一柱
『貪瓏男爵』との戦いにおいて、我らが同胞たる
城砦騎士のうち2名がその戦いの半生を終えることとなった。
一人は未だ若きリュカス。
今一人は最長老なるアクタイオン。
リュカスは貪瓏男爵の一撃により命を落とした。
アクタイオンは重症を負ったが辛うじて命を取り止め、
以降は後進の育成に当たる第二の人生を行くこととなった。
荒野の戦では騎士と兵士の区別なく、
多くが命を危険に曝し、そして死んでゆく。
いかに騎士とはいえ、大戦の最中に特別扱いして
葬儀を執り行い、その去り際を悼み惜しむことはせぬ。
死んだリュカスも去り行くアクタイオンも
左様なことは望むまい。だが今このとき、せめて
我らだけは、彼らに束の間の祈りを捧げようではないか。
リュカスよ。アクタイオンよ。我らが輩よ。
貴公らの旅路が健やかであらんことを……」
ローディスはそう告げると瞑目した。
会議室に集う全ての騎士と軍師、兵士らは同様に瞑目し
頭を垂れて、一足先に戦いを終えた二人への手向けとした。
やがてローディスは厳かに新たな言葉を紡ぎ出した。
「人はいずれ死ぬ。老若男女や貴賎の別なく、
生ある者は全て滅する。だが嘆きの淵に沈む必要はない。
人はまた、新たに生まれ出るものだ。騎士もまた然り。
死闘に次ぐ死闘を経て自らを磨き上げ高め抜いて
ただの人は城砦兵士となり、一介の城砦兵士が
遂には城砦騎士の境地へと至ることもある。
かつて貴公らが身を以て経験したようにだ。
そして今ここに、我らは新たな2名の友を得ることとなった」
新たな城砦騎士の誕生を告げるローディスの言に
おぉ、と小さいどよめきが起きた。
「我らは常に戦地にある。今ここに集う者たちが
明日また再び揃う保証はない。ならば今この場で
我らの新たな友に、成せるだけの祝福を送ろうではないか。
新たなる友らよ。前に出よ」
ローディスは会議室の扉へと声を掛けた。
すると2名の武装した男女が表れて
敬礼し、粛々と壇上のローディスの下へ進み出た。
「紹介しよう。一人は第一戦隊所属兵士長ヘルムート。
今期の宴の第一夜、西側野戦陣の最前線にあって
大口手足と縦長の猛攻に最後まで抗し、
そして生還した猛者だ。
死地においてその才能を一気に開花させ、
遂には絶対強者の領域へと至った。
戦力指数10.5。紛うことなき城砦騎士である」
宴の第一夜、無辺の闇より津波の如く攻め寄せる
大口手足の群れに対し、恐怖を振り払い配下を奮い立たせて
最後まで最前線に立ち続けた兵士長。暗がりの上空から
叩き落す縦長の奇襲を鉄人シブことシベリウスと共に
辛くも逃れ、さらに撤退することなく友軍を支援し槍を手に
して敵陣に斬りこんだ無双の勇士こそ、このヘルムートであった。
ヘルムートは自らに頷くローディスに敬礼し、次いで列席の
騎士らに向き直って再度敬礼した。背後からはオッピドゥスが
満面の笑みを投げかけ、列席の最前列では共に死地を超えた
城砦騎士シベリウスが目を細め頷き返していた。
「そして今一人は第二戦隊兵士長セメレー。
我らが友アクタイオンの娘であり、その剣技を継ぐ者だ。
父譲りの剛毅と武勇で数多の戦を制し、遂には『闇の御手』
に斬り掛かって、新たな神殺しの一人となる武勲を得た。
戦力指数11.2。げに頼もしき城砦騎士である」
かつてグウィディオン討伐に参加し、
大剣を手足の如くに操って単騎で大口手足を討ち取った猛者であり、
宴の一夜目では父アクタイオンと共に闇中の敵陣に斬り込み
縦長の布陣を粉砕してのけた勇壮なる烈士。そして貪瓏男爵との
戦いにおいてはサイアスの策を現場で指揮し、後に闇の御手を
追いこれを討ち、さらなる武功を上げた。そうしたサイアスも良く知る
ピンクの鎧武者セメレーが感無量といった体でローディスに敬礼し、
そして列席の騎士に振り返って誇らしげに再度の敬礼をした。
と、会議室に厨房からの人手が杯を運びいれ、
全ての者の手に並々と酒の注がれたそれを手渡した。
「フフ。堅苦しいのはここまでだ。
祝いは楽しくなくてはな。友らよ。軍師そして兵士らよ。
人の世に現れた新たな英雄の誕生を祝し、共に杯をあおごう」
ローディスは立ち上がって杯を掲げ、
会議室に集う全ての者が笑顔でそれに続いた。
ローディスは壇上よりそうした者らを薄く笑んで見つめ、
皆の注目が自身へと集ったところで頷き、息を吸った。
「乾杯!」
号令一つなく皆がそう声を上げ、笑顔と共に杯をあおいだ。
こうして人の世に、ヘルムートとセメレーなる
新たな二人の城砦騎士が誕生したのであった。




