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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十八日目 その六

男衆は宝剣ともいうべき名品を手にして大いに喜び、

女衆もまたそれぞれに得るものを得て満足して

サイアス小隊の面々は一様に笑顔となっていた。

もっともロイエの手にする納品書には剣の値段と

その請求先についてきっちり明記してあった。

要はこの場は黙認し、手札として取って置く一手だった。


「さて、文箱の中身はあと一つ。

 これは布地だね。数枚あるようだ」


サイアスは文箱の底から緩やかに折り畳まれた

蒼天色の布地を取り出し、一枚目を広げてみせた。


「これは……」


そしてサイアスは暫し言葉を失った。


「まぁ…… 貴方の旗ね」


ニティヤが嬉しそうにそう言い、

サイアスの手にする目録を覗き込んだロイエが


「サイアス個人の紋章旗と、

 残りはサイアス小隊の隊旗らしいわ……

 家の旗とは別に個人旗なんて持てるのは

 よっぽどの大貴族か大将軍だけよ!

 まぁあんたは両方か…… やるわね!!」


ロイエが誇らしげにそう言い、

一同は感嘆の声を上げた。


今サイアスが手にしているのは、

サイアス・ラインドルフその人を称えその身を明かす

紋章を刻んだ軍旗であった。群青色に染め抜かれた

やや横長の布地の中央には金糸で意匠化された

軽騎の横顔が描かれ、馬頭の底部、胸甲ペイトレルにあたる部分は

やや横長の球状を成しており、左右斜め上方へと向かって

それぞれ稜線として延びていた。


馬頭の両脇を外側へと広がり延びるその稜線は

右側のものが四分音符であり、そして

左側のものが天に切っ先を向けた剣であった。

つまり馬頭の下部の球状体とは音符の玉と剣の柄頭ポメル

重ねて見立てたものであり、さらに斜めに延びた稜線を成す

音符の竿や剣の刃からは左右に羽が広がっていた。

すなわちこれは、音符と剣で出来た翼をもつ

金色の天馬の紋章であった。


「うぉおおお!! かっけぇ……」


シェドが興奮してそう唸り、

サイアスの広げ掲げるその旗を、食い入るように見つめていた。


「今後出動の際にはこの旗を掲げることを許可する、とある。

 私は既に魔にはっきりと狙われているから、逆手に取って

 誘引する意味合いもあるのではないかな」


興奮と高揚を押し隠すようにして、

努めて冷静にサイアスは分析した。


「成程な。きっちり策でもあるってことか」


照れ隠しに励むサイアスを

ニヤニヤと眺めつつラーズがそう言った。

サイアスはツンと澄ましてこれを受け流し、


「……こっちは小隊旗だね。

 色味は同じでよりすっきりした意匠になっている」


サイアスは自身の紋章旗をニティヤへと手渡し、

ニティヤは愛おしそうにその旗をかき抱いた。

次いで広げて紋章を露にし、脇から珍しく勢いよく

覗き込むディードと共に、紋章をつぶさに眺め記憶した。


一方サイアスが新たに掲げた旗は、色味こそ同じだが

その中心にある紋章は先とはやや趣きを異にしており、

深い群青の布地には金地で交差する剣と音符のみが描かれていた。




「音符と剣、か。楽想と闘争、創造と破壊、

 そうした二つを併せ持つって意味かな。確かに

 サイアスさんとこの小隊にはピッタリだね。うんうん」


ランドはしみじみと頷きつつ、取り出した画布にさらさらと

精緻な筆致で二つの紋章を模写し、複製してみせた。


「あとで台車に紋章を取り付けておくね。

 旗も一つ掲げたいなぁ」


「そうだね。台車は本陣となり得るし。

 ……ただ、皆に注意してほしいのだけれど。

 旗は確かに誇らしいし嬉しいけれど、

 飽くまで旗は旗。ただの布地に過ぎない。

 皆の命の方が遥かに大事だから、旗を守るために

 その身を危険に曝すようなことは絶対にしないように。

 ……いいね?」


サイアスは特に女衆、デネブやディードを

じっと見つめてそう言った。


「心しておきましょう」


デネブはコクリと頷き、ディードは笑顔で確約した。


「……本当だろうね……」


サイアスはジト目でディードを見つめたが、

ディードは涼しい顔をして


「おや、私が信用できないと……?」


と逆にサイアスを脅しに掛かった。


「そんなことは無い。

 でもくれぐれもお願いしておくよ」


とサイアスは苦笑し、ディードはむくれた風を装って

ススッと近寄り、サイアスの左手、ロイエの脇から

身を乗り出して接するほどに顔を近づけ

じっとサイアスを覗き込んだ。


「旗より人が大事。重々承知しています。

 むしろ貴方のほうがよっぽど心配ですよ、我が君」


「そ、そうか。判った」


サイアスはややたじろいで右手に身を引こうとしたが、

右隣に座るニティヤがすっと退路を塞いだ。さらに

後方からはデネブが詰め寄った。


「『そうか。判った』

 ではありません。本当に無茶ばかりして。

 我々がどれほど御身を案じているか御存知なのですか?

 そもそも……」


とディードはサイアスの椅子の背もたれにドンと手を付き、

見上げるサイアスへと唇が触れる程に接しつつ、

挑発的かつ扇情的に説教を開始した。




「あー、オホン…… 

 俺らはそろそろお暇するか」


数多の戦を経て進退自在のラーズは

けっして退き際を見誤ることはなかった。


「そ、そうだね。

 あとは家庭内の問題だし……」


文字通り瞬殺される強者を相手に

機嫌を損ねるような真似はできぬとランドも同意した。


「うむ! リア充爆散しろ!」


シェドは素直に本心を吐露した。


「待て! 主を置いて逃げ」


サイアスは男衆を横目で見やり悲痛な叫びを発したが、

言い終わらぬうちにクイッと顎を掴まれ持ち上げられた。


「今は私が話をしているのですよ、我が君……」


完全に追い詰められたサイアスの耳に、

扉の閉まる音が無慈悲に響いた。 

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