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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十八日目 その五

文箱に納められた贈呈品のうち

上棚の3つの小袋の中身を確認し終えた頃、

詰め所脇の武器庫へと工房からの届け物を取りに

出向いていた4名が戻ってきた。


「取ってきたぜ、ちゃんと密封してある。

 もっとも槍に関しちゃ別梱包だったみてぇだが」


横長の木箱をシェドと二人で抱え運んできた

ラーズがそのように報告した。すぐ後ろには自作の槍である

アーグレを巻いた布包みを持つランドが。その後方からは

きっちり見張りを果たしたギェナーを携えたデネブが姿を見せた。


「へー、それがランドの作った槍なのね。

 随分変わってるわねー」


巻き上げた布包みを取り払い、

サイアスに向かってランドが差し出した槍を

しげしげと眺めてロイエが感想を述べた。


「名前はアーグレ。馬上で扱うには最適だね」


席を立って扉際へ寄り、ランドに一礼して

アーグレを受け取ったサイアスは先日からの変化を確かめた。

炎か水滴かといった形状の穂先は刃を鋭利に研ぎだされて

銀の輝きを見せ、細かな陰影を纏う鈍色にびいろの螺旋の柄は

さらに打ち締められたようでよりほっそりとして、

それでいて十分な粘りを見せていた。


サイアスはアーグレを両手で短く持って軽く振り下ろした。

すると柄に従って穂先がヒュっと追随してくる印象であり、

左手を離し右手をすっと捻り上げると、柄は手から伝わる

螺旋の動きを如実に捉えてしなりつつ穂先を奔らせ、

剣聖剣技「旋」の膂力の流れを細大漏らさず穂先へと伝える

出来となっていた。すなわちアーグレとは槍の身でありながら

剣聖剣技の撃てる利器なのであった。


「とても調子が良いね。

 石突も新しくなっている。正12面体か」


捻り揚げる工程では木の棒を通す輪であった部分は

穂先と同様にインゴットを追加され、打ち固められて

いまや5角形の面を持つ正12面体となっていた。

剣術における殺撃のようにこちらを鈍器として用いる

戦法もまた、十二分に機能するように思われた。




「ふーん、成程ねー。やるわねランド!

 っとそれで木箱の方にククリと変わり矢か。

 昨日サイアスが言ってた通りみたいね。

 こっちで発注するつもりだったから助かったわ。

 ……で、それは良いとして。

 何? このやたら高そうな剣」


ロイエは男衆を威嚇し遠ざけてから木箱を開封し、

中から納品書を取り出した。そして木箱の中で異質な

存在感を放つ、一目でそれと判る3振りの上等な剣を

何とも胡乱うろんな表情で眺めていた。


一般的な剣は剣身の全周に刃が付いているわけではなく

切っ先を中心とした一定の範囲のみであるため、鞘を持たず

帯びる際はベルトの金具に引っ掛けるだけといった仕様ものが

多かったものだが、この3振りの剣にはサイアスの八束の剣が

そうであったように、刃の全てを覆う鞘が用意され納められていた。


「武器工房の職人さんが作った業物。

 ラーズ、ランド、シェドの御揃いの剣だね」


サイアスはアーグレをデネブに手渡しつつ

ロイエと共に席に戻ってさらりとそう言った。


「へー? アンタら意外に仲良いのね……」


「お、おぅ!」


珍奇なものでも見るかのごとき目付きでロイエは

三人衆を眺め、シェドが何やらどもりつつそう応じた。


「へぇ、木の鞘に毛皮が巻いてあるんだね、これ」


剣の柄に巻きつけられた紙で自身の分を確かめ、

手に取ったランドが興味深げに鞘に見入った。


「ユミル雪原風だな。イカスじゃねぇか。

 ほぅ! 剣身の刻字は金象嵌ぞうがんになってるな。

 こらまた豪勢な。どれどれ……」


自身の剣を手に取ったラーズは

早速鞘走らせその全容を確かめた。


「打刻内容はこちらで指示しておいた」


サイアスはそう告げるとデネブが指差すまま

先刻まで指輪の入っていた小袋を手渡した。

デネブはニティヤから受け取った首飾りとなった指輪を

そっと小袋に納めると、丁重に腰の小物入れへとしまいこんだ。


「『ウルフバルトより、魔弾のラーズへ』

 か…… こりゃ堪らんぜ。家宝モンだなぁ」


ギラリと輝く刃の狭間、やや暗い鉄地の幅広いフラーには

鍔下から文字が刻まれており、さらに所有者の名前が

追加され併せて金象嵌が施されていた。


「俺っちのは、俺っちのは?」


辛抱堪らぬといった体でシェドが木箱に飛びついて

自身の剣を取り出し、ずらりと抜いて碑文を確かめた。


「『ウルフバルトより、韋駄天のシェドへ』

 だとぅ!? やっべちょーかっけぇ! 血がたぎるぅ!!」


シェドはまさに大はしゃぎであった。


「あはは、凄いはしゃぎようだね。僕のは…… 

『ウルフバルトより、画聖ランドへ』!?

 う、うわっ! どうしよう!?」


鞘の出来に夢中となっていたランドもいよいよ

自身の剣を抜き放ち、剣身に刻まれたその銘と

自らを称えるその呼び名に大いにうろたえた。


「フフ。異名の先払いさ。

 是非とも画聖になって貰おうか」


卓上に肘立てた両の掌を合わせ

そっと顎を乗せたサイアスが薄く笑った。


「う、うぅん……

 が、頑張ります!!」


ランドは大いに照れつつもしかと応えた。

先刻までアレキサンドライトを前にしてお子様然としていた

サイアスは、いまやすっかり主の貫禄を取り戻し、

子供のように笑顔ではしゃぐ三人衆を眺めていた。


「気に入ったかい」


「勿論!!」


サイアスの問いに3名は声を揃えてそう叫び、

互いに顔を見合わせさらに笑った。

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