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サイアスの千日物語  作者: Iz
第二楽章 魔よ、人の世の絶望よ
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サイアスの千日物語 四十八日目

デネブや男衆と共に武器工房から詰め所に戻った

サイアスが、まずは休めと問答無用でベオルクに追い払われ

言われるがまま、むしろ意地になってひたすら寝倒した末に

ようやく目覚めたのは、翌朝5時を回った頃だった。

黒の月の間は内郭に蓋が降りているため判然としないが、

既に夜は明けているはずだ。壁の大時計を見やった

サイアスはそう判断し、脳裏で戦況の把握に努めた。


黒の月、宴での激戦によって積み上げられた

人や眷属の屍を依り代として顕現する、世界の覇者たる

大いなる魔は、自身の発する膨大な熱量によって

依り代たる屍の肉体を急速に腐敗させ自壊に至るため

強大ながらも継戦能力は高くなく、戦闘行為に当たれるのは

せいぜい3夜が限度だといわれていた。そして昨夜こそが

百頭伯爵が顕現して後の、丁度3夜目であった。


荒野における城砦百年の戦歴に基づくならば

これより後に百頭伯爵によるさらなる襲撃があるとは考え難く、

すなわち宴としての山場は過ぎ去ったとみていい。さらに言えば、

現に今こうしてサイアスが暢気な起床をたしなんでいること

からみて、城砦が百頭伯爵に対して採った篭城策は無事成功した

と見ていいのだろう。平原に住まう人と荒野に棲まう魔や眷属との

存亡を賭けた此度の大戦は、ひとまずは勝利のうちに終わったのだ。

そう理解したサイアスは知らず深いため息を付き、

安堵した結果、再び寝入った。



「それでようやく今頃になって

 のこのこ起きてきたってわけね……」


第四戦隊営舎詰め所の3割強はある、

サイアス一家の居室の応接室。その応接室の寝室側の壁際に

ズラリと並ぶ、デネブが余裕をもって転がれるほどの

特大のソファーの一つにて。

自室から暢気に伸びをしつつ出てきたところを

恨めしそうに睨むロイエに捕捉され、追い詰められた

サイアスは白州の沙汰を受けていた。

時刻は11時を少しまわったところであり、例によって

サイアスは通常の兵士の優に2日分は寝たことになる。

一方のロイエは準爵位取得や所領拡大に関する諸々の手続きや

事務処理をほぼ徹夜でこなしていたため、とにかく機嫌が悪かった。


「あんたが眠り病なのは知ってるけど……

 あーそれでも腹立つ! あんたちょっと抱き枕になりなさい!」


いうが早いか野獣の身のこなしでロイエが飛び掛り、

サイアスはろくに反応できぬままとっ捕まって硬直した。

ロイエはサイアスを軽々と引き倒して抱き枕にし、

ブツブツと呟きつつそのまま寝入ってしまった。


「……誰か助けて」


しがみ付くロイエに身動きを封じられたサイアスは

残る一家の面々に救助を求めたが、皆一様に

生暖かい微笑を見せるのみだった。

サイアスはすぐ近くのベリルを身代わりにすべく


「ベリル、代わって」


と手を差し伸べたが


「駄目」


とそっぽを向かれてしまった。差し伸べた手をやり場なく

宙に残したまま、サイアスは首を回して別のソファーで

裁縫に勤しむニティヤを見やり、目で訴えたがニティヤは

これを苦笑しつつ無視。ディードはというと笑いを噛み殺しつつ

わざと忙しそうに事務処理をはじめ、デネブはさっさと厨房へ

向かってしまった。


「……」


どうやら今はロイエに譲る、

とまぁ、そういうことになるらしい。

サイアスは暫く成すすべなく硬直していたが、


「いいや。このまま寝よう」


と開き直ってそのまま眠ることにした。



12時を過ぎた頃、厨房で手伝いをしていたらしき

デネブが、台車にたっぷり料理を乗せて居室へと戻った。

食事の匂いに感づいたロイエは


「うぅん、何だか良い匂いが…… 

 ってあんた…… よくこの状況で寝れるわね……」


と、ロイエにがばりと抱え込まれ、ねじれた

海老のような姿勢になったまま、すぅすぅと寝息を立てる

サイアスを呆れ顔で見やった。と、そこに



「うーっす、飯め、し…… ってふぉおおっ!?」



とデネブに続いてスルリと居室に入ってきたシェドが



「うぉ、うぉまえ、うぉまえりゃああ! 

 昼間っからな、なな、なんばしょっとねぇ!?

 お、俺っちに対するこれは露骨な当て付け的なアレなのか?

 そうなのかくそぅちくしょぅ、ちくしょぉぉおお!!」



と絶叫し錯乱し出し、背後から伸びてきた数本の腕に

ベシリと頭をはたかれた上引きずり出された。


「ノックもせずに入るんじゃねぇ。

 手前ぇは大人のルールってもんが判ってねぇな」


「シェド、君、仮にも王族だろう?

 人として最低限のマナーくらい守りなよ。

 住居不法侵入でダルマにされても文句言えないよ?

 僕は絶対に助けないからね。巻き込まないでね!!」


と何やら廊下で説教が始まった。



ソファーで海老状の眠りについていたサイアスも

流石に目が覚めたようで、身を起こしドアに向かって

眉間に皺を寄せるロイエに抱きぐるみにされたまま、

小さくあくびをかみ殺していた。




「まぁ、何はともあれおはよう、皆。

 なんだか身体中がきしむ。後で昼寝するか……」


12時半を回った頃、応接室の卓にずらりと揃った

一家と小隊の面々に、首を左右に傾けほぐしつつ、

サイアスがそのように挨拶をした。


「まだ寝る気か……」


「湯浴みを済ませておいてくださいね」


「そうだね。まずは食事にしよう。お腹が空いた」


ロイエやディードに適当な相槌を打ちつつ、

サイアスらは食事を取ることとした。


例によって一同は食後デネブの煎れた茶を楽しんで一服した。

その後サイアスは就寝中に回ってきた書状を確認しつつ

宴の顛末や今後の展開についての雑観を示し、


「おそらくは明日の夜明けと同時に次の作戦が

 開始される。今日は装備と体調の調整に

 努めておいて貰おうか」


と指示を出した。


「次の作戦てのは、また総出で遠出な感じかねぇ?」


茶の産地を当ててみせようと何やら首を捻りつつ、

ラーズがそのようにサイアスに尋ねた。


「総出ではあるが城砦近郊だね。

 緘口かんこう令は既に解かれているからざっと話すと、

 二正面作戦のいずれかに参加することになる。

 一つは城砦南西の丘陵地帯への陽動。

 今一つは城砦東の大湿原における土木工事の護衛。

 うちは特務専門だから、多分後者に回るのだろうね」


「土木工事? てことは第三戦隊やら資材部が出張る感じか」


産地当ては早々に諦めたらしいラーズは

顎に手をやり考えこんだ。


「皆は城砦近郊の地形は把握しているのかな」


サイアスは小隊の面々にそのように尋ねた。


「私は大丈夫です。

 他の方も地図自体は得ているかと」


これにはディードが答えてみせた。

城砦兵士長の階級にあるものには玻璃はりの珠時計と

荒野の地図が支給されることになっていたため、

ベリル含めこの場の全員は自分用の地図を有していた。


「大湿原は城砦より東側の荒野の中央にあるのよね。

 北には河川、南に断崖があるから丁度栓をするような形で」


ロイエがそう言って腰のポーチから

自身の地図を取り出し再確認した。


「そう。そして大湿原は東方でいう瓢箪ひょうたんのように

 北西の一部にくびれがある。ここに架橋し、あわよくば

 橋頭堡を築こうというのが今回の土木工事の内容になる」


一同からほぉ、と声が漏れた。

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