サイアスの千日物語 四十七日目 その二十一
ランドの手による自身専用の槍「アーグレ」を
手にして一通り確認し満足したサイアスは、
刃の研ぎ出し等実用上の仕上げを施して貰うべく
工房の職人へとアーグレを預けた。
そしてここのところの戦闘ですっかり投擲用として
馴染んでいたククリを10振りとラーズ用の変わり矢
50本とを発注し、アーグレ共々明日の午後に
まとめて営舎に届けてくれるよう依頼した。
工房の出口付近の受付でサイアスが
そうした発注手続きを取っていると、ランドとシェド、
そしてラーズがそれぞれ剣を1振り持ってきて
清算中のサイアスの卓にこそっと置いてささっと隠れた。
どうやら買ってくれという意味らしい。
サイアスは苦笑し、それらの代価となる勲功を
追加で支払うことにした。
「やったぜ! 悪ぃな隊長! へっへっへ!」
シェドは自分が持ってきた剣を灯りにかざし、
刃の冴えと剣身に刻まれた文字を眺めニタニタとご満悦であった。
3振りの剣はいずれもほぼ同じ形状と意匠のものであった。
剣身は指4本分と幅広く、身幅より僅かに長い、
柄を握った拳とほぼ同程度の幅の短い鍔と
鍔と同程度の幅の柄頭がついており、
平たい剣身の中央は刃より微かに低い幅広の樋となって
切っ先付近まで伸び、鍔上の位置から切っ先に向かって
作者であるウルフバルトの名が刻み込まれていた。
「ご、ごめんね? サイアスさん。
これウルフバルトさんの打った剣でね。
3人御揃いなんだけど、ちょっとお高くてね……」
自前では手が出し難かったのだ、と
ランドは申し訳なさそうに説明した。
「ほー」
もっとも元より金銭感覚のおかしいサイアスは
特に気にした風もなく、
「折角だから、銘の続きに皆の名も彫って貰えば?
あと鞘も付けて貰いなよ」
と、返事を待たず受付の職人に追加の加工を依頼した。
「おぃおぃ、よりにもよってウルフバルトの銘入りかよ。
それ特注品より高いぜ? 3振りまとめて工賃込みで
7500。ちょいとオマケして7000ってとこだが……
あんた、本当にそれで良いのかい?」
受付の職人はシェドの持っていた分も含めて引き取り
柄に追加仕上げの指示を書いた紙を巻きつけて、
随分気遣わしげにサイアスを見やった。
工房での個人単位での装備の注文は勲功1000点から
であり、工房で習作や小遣い稼ぎで売られている品も
大抵はこれに前後する値であった。
もっとも特注品の場合上限額などあってないようなもので、
例えばかつて防具工房で四戦隊の騎士デレクが特注した
ブリガンダインなどは勲功5000点であった。
「構いません。この3振りは
私個人のお小遣いで支払います」
とサイアスは一向に意に介さず別枠での清算を求めた。
連日連戦の中で城砦騎士に勝るとも劣らぬ活躍を
重ねているサイアスは、城砦兵士にあるまじき
莫大な勲功を稼いでいたが、経済感覚が欠片もないため
その稼ぎはすべてロイエに管理運営されており、
常に手持ち1万点な、お小遣い制となっていた。
そこでサイアスはククリや矢の支払いは戦隊付けで
ロイエ宛とし、男衆の持って来た剣については
自身のお小遣い分から別途支払うこととしたのだった。
「お前、王立騎士で城砦兵団長で領主で準爵なのに
勲功はお小遣い制なのかよ。なんだか堪んねーな。
これが所帯を持つってことなのか……」
シェドはサイアスに憐憫のまなざしを向けた。
「おいシェド手前ぇ!
そいつぁお小遣いにたかってる
俺らが吐いちゃならねぇセリフだぞ」
ラーズがそういってシェドに激しく膝カックンした。
「おぅふ! そうだった……
すまん隊長! メンゴメンゴ! ダンケダンケ!」
シェドはヘコヘコと姿勢を低くして
ひょっとこ面でごめんなすってをした。
「フフ、気にしなくていい。
使った分はすぐ補充して貰えるから。
ただ、使途は黙っていてもすぐバレると思う。
何せ相手がロイエだからね……」
サイアスに大金を持たせるのは大変危険なため
持ち歩く上限額が設定されているというだけで、
その使途についてはとやかくお小言を食らう訳ではなかった。
ただしどの道最終的な清算手続きはロイエが書面でこれを
取り扱うため、その過程で絶対にバレるのであった。
「こ、これはアカン! アカンのやないか!?」
シェドは恐怖を感じ怯えだし、
返品を検討しだしたが
「よっしゃすぐに加工するぞ! 毎度あり!」
と奥からウルフバルト当人がえらい勢いで駆けてきた。
そして返品させてなるものかとて、剣3振りを
まとめて引ったくって再び奥へと走り去った。
「……」
「持ってったね……
あぁもう彫り始めてるよ」
絶句して固まるシェドにランドが状況を解説した。
「まぁ、せっかくの儲けだからな。
棒に振るわきゃあるまいよ」
ラーズもまたどこか他人事のように分析した。
「ロイエは別に怒らないと思うよ? ただ」
サイアスは動揺する3名を見やり
「売り飛ばすことはあるかもね……」
と薄く笑んだ。
「な、何をじゃ!」
と声を震わせてそう尋ねるシェドに
「君らの身柄? ランドはもう抵当に入ってるよ」
とサイアスがさりげなく答えてみせ、
「マァジデェッ!?」
シェドは甲高く声を裏返らせた。
「あぁ、あはは…… 台車作るときのアレかぁ。
大丈夫だよ冗談だから。 ……冗談だよね!?」
ランドの笑顔は否定し難い不安に満ちていた。
「フフフ……」
とサイアスは意味ありげに笑い、
シェドはさらにギャアギャア喚き出した。
と、そこにインクスがお土産の焼き菓子を紙袋一杯に詰めて
持ってきてくれたため、サイアス一行は丁重にお礼を述べて
武器工房を後にした。
工房は本城内にあり、外の通路たる内郭も蓋がなされて
いたため明るさでは現在時刻が判断できなかった。
そこで改めて玻璃の珠時計で確認を取ると、
時刻は午後6時を回ったところとなっていた。
日没は7時前後であり黒の月の期間は
夜間の外出は原則禁止となっている。
それゆえ頃合とみたサイアス一行は
なんだかんだと賑やかに騒ぎつつ、
内郭北西区画の第四戦隊営舎へと帰ることにした。




