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サイアスの千日物語  作者: Iz
序曲 さらば平原よ
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サイアスの千日物語 三十日目 その十二

いたって傷心なアッシュではあったが、手だけは冷静かつ着実に動かし、

負傷者二名に適切な処置を終えた。通例兵士にできる手当てといえば

せいぜい止血や消毒だが、アッシュは簡易の術具と調合済みの

各種薬品を所持しており、鎮痛や場合によっては

再生加速処理までこなすことができた。


魔や眷属との戦闘では毎度大量の死者が出るが、生き残った者も

四肢欠損等の重傷を負うことが多かった。そのため再生治療に

関してはどの分野よりも最優先で投資と研究がなされ、

医学、薬学的な側面だけでなく、祈祷や魔術といった特殊な

知識・技術体系も貪欲に取り入れた極めて高度なものに昇華していた。


そのため、負傷者当人の生命力と強運次第では、

四肢再生の可能性すら見込める水準に達していたのだ。

もっとも四肢再生の完全な実現には複数の医師や魔術士、祈祷師が

不眠不休で作業に当たる必要があり、兵士の手足と引き換えに

貴重なそれらの人材を損耗する可能性も高いため、

積極的に行われることは稀であり、それこそ勲功次第という状況であった。

そのため末端の一兵士にとって、四肢再生は「ひょっとしたら」程度の

話のネタでしかなかったのだ。


再生加速処理とは文字通り対象の自然治癒力を

驚異的に加速する処理であり、少なくともこれによって

失血死や症状悪化による合併症等を予防することができた。

再生加速処理は負傷発生からの時間が非常に重要なため、

今回負傷した第四戦隊の兵士2名は、運次第で全快する

可能性が高くなったといえた。


「……これであとは運次第というところだ。

 そっちのあんたは暫くすれば歩く程度はできるようになる」


アッシュは足を痛めた兵士に話しかけた。

馬車でやや不穏な会話をしていた相手だった。


「あぁ、助かったぜ。あんた腕はいいみたいだな」


兵士はそう言うと早速立ち上がり、

サイアスともう一人が集めた武器を物色し始めた。


「おい、まだ動かん方がいいぞ」


アッシュが声をかけたその時、

視界の先、サイアスと兵士が身構える向こうで

水面が再び何かを吐き出そうとしていた。


サイアスは周囲の地面に突き立てた投てき専用の槍、

ジャベリンの位置を確認した。計6本、全て手の届く位置にある。

左手には上半身を覆い隠す程度の大きさのやや膨らみのある丸い盾、

ホプロンを地に立てるようにして掴んでいた。

もう一人の兵士は柄の長い戦斧を数本地に突きたて、

手には小ぶりの斧を数本まとめて抱えていた。


と、水面がぶくぶくと派手に泡立ち始め、

中からずるり、ずるりと複数の影が這い出してきた。

人の手足に魚の胴と頭を持つ眷族、魚人だ。ぬらぬらとした鱗に

陽光を反射させ、全身からしたたる淀んだ色の水を踏みつけるように、

ぬちゃり、ぬちゃりと歩み寄るその数、実に7体。大半が青みがかった

暗い銀色をしているが、うち3体は緑と紫の斑な胴体をしていた。


川から這い上がった魚人たちはゆるりとその全貌を陸へと向け、

その後ゆっくりと腕を広げ威嚇するかのように振舞おうとした。

が、それより早く、

中央の2体が次々に飛来する斧と槍によって血しぶきを上げ、倒れた。


「アホめ。お行儀よく待つと思ったか」


兵士は鼻で笑いつつさらに斧を放り投げる。

サイアスも4本目の槍を投てきし、残り2本に手を伸ばそうとした矢先、

地に伸びる自身の影に別の何かがよぎるのを見て、

慌てて身をよじり、ホプロンを掲げた。


ゴスッ、と鈍い音がして、サイアスは盾ごと前方へ吹き飛ばされた。

それを横目で見た兵士は、手にした斧を振り向き様に斜め上へと

放り投げつつ自ら地面に転がった。斧は殺到していた羽牙に命中し、

羽牙は絶叫しつつ絶命した。


吹き飛ばされたサイアスは二度程そのまま転がると、

後方へ向き直って片膝を立て、帯剣を抜き打ちに斜め右へと斬り払った。

無様に吹き飛んだサイアスを喰らおうとすぐ間近まで迫っていた羽牙は、

下顎をしたたかに斬られて呻き、バランスを崩したところを

横合いから飛んできた戦斧の一撃でかち割られ、死んだ。


兵士はすぐに次の戦斧を手にしてサイアスを助け起こし、

サイアスと兵士は小手をカツリと打ち合わせ、その後背中を合わせた。

北からは4体の魚人。南方からは5体の羽牙。まさに絶体絶命といえた。

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