サイアスの千日物語 四十七日目 その十九
「ざっと手順を説明するぞ。
今からこの捻り揚げな柄の先端、
捻らず残しといたとこに別のインゴットを挟む。
その後先端部分のみ熱し、焼けて柔らかくなった
インゴットを折り返して先端に巻きつけ、
その上で穂先に整形する。
お前ぇさんにはこの際の相槌を頼む。
俺が叩いた場所めがけて槌を打ち下ろせ。
鉄を打つ理由は2つある。展延による整形と
内包する不純物の追い出しだ。
城砦で使うインゴットは元々かなり出来がいい。
全部『あとひと手間で完成』ってとこまで
事前に仕上げてある。そのひと手間を担うのが
城砦鍛冶だというわけだ。
ともあれ俺が一打ちし、お前ぇがガツリと打つ。
そこをもう一人が綺麗に整えて、これで1セットだ。
ここまで済んだらその後はさらに俺が次の場所を一打ちし、
あとは気の済むまで以下繰り返しってヤツだ。
まぁ口で言うより実際にやる方がわかりやすいな」
頭格の職人は近場の別の木箱から
紙に包まれた小振りかつ薄手のインゴットを取り出した。
「色も形も、さっきのとは随分違いますね……」
ランドは興味深げに新しいインゴットを眺めた。
それは掌と同程度の厚みの板状で、随分明るい色味だった。
頭格の職人は捻られて二重となった鉄の柄の先端に
そのインゴットを挟み込み、位置を定めて炉へと投じた。
「一口に鉄っつっても中身は実に様々でな……
大抵は何か別の素材との混ざりモン、つまりは『合金』なんだよ。
こいつはさっきのインゴットよりもそうした混ざりモンが多い。
色味が違うのはそのせいだな。混ざりもんが多いほど
鉄は硬くなるんだが、一方でどんどん脆くもなる。
行き過ぎるとすぐ割れちまう。道具としては使い物にならんのだ。
そこで微妙な按配で相性の良い混ぜ物を残し最適化したのがこれ。
極少量の木の成分を混ぜた、刃専用の鉄。すなわち『はがね』だ」
頭格の職人は炉が鉄を熱する合間を縫って
ランドやシェドに刃金すなわち鋼の何たるかを説き聞かせ、
「おー」
「おー」
と、ランドとシェドは声を揃えて感心した。
「さっきまで捻ってた鉄はこいつより柔い。
ゆえに撓るし粘る。柄や芯鉄に向いてるわけだ。
なので今度は先端を、これで包み込んで穂先にする。
すると外側の硬い部分が敵を刻みつつ内側の柔らかい
部分が衝撃を殺してのける。いわゆる
『折れず曲がらずよく斬れる』
って感じの上物の刃が出来上がるって寸法だ」
頭格の職人は炉に集中しつつもさらに説明を続けた。
「うーん…… 僕が以前本で読んだ本には、
『2枚の鉄板を張り合わせて打ち締める』
って書いていましたけど……」
「あぁ。そいつは剣の鍛え方としてはかなり一般的だな。
中には2本の剣身を張り合わせて作る連中もいる。
他にも親方のやる文様装飾法やら、結構色んなやり方があるぞ。
今回の硬軟織り交ぜるやり方は東方鍛冶の技法の一つだ。
斬撃向きの良い刃になる」
「ほほー、成る程……」
頭格の職人は頃合と見て
炉から真っ赤に焼けた先端部を引っ張り出し、
2本の棒に挟まれる格好となっていた刃金のうち
右にはみ出していた部分を上面へ、左にはみ出して
いた部分を下面へと巻き付けるようにして棒状の柄の
先端部分を包み込んだ。
「よっしゃ、んじゃ始めるぜ。
まずはここだ!」
ゴッ!
頭格の職人が手にした小振りな槌が
刃金の一点を打ち、
「はい!」
と威勢よく応じたランドがその膂力を最大限に活かし
大振りの槌を振り下ろして
ガァン!
と音を立て、打たれた刃金は火を噴いた。
「ほっ!」
ガィン!
とそこに別の職人が槌を振り下ろして微調整を施し
1セット目を終え、間髪いれず
「次!」
ゴッ!
と頭格の職人が新たな指示を出し、
「はい!」
ガァン!
とランドが打ち込み
「ほっ!」
ガィン!
と職人が続けた。
ゴッ!
ガァン!
ガィン!
三人の槌はその後も同じ音を響かせて
ゴッ! ガァン! ガィン! ゴッ、ガァン、ガィン!
と徐々に勢いと早さを増し、小気味よく打ち込まれた。
頭格の職人は打ち込みの合間に手早く刃金を裏返したり
側面にしたりと刃金の位置や向きを入れ替えつつ
実に手際よく打ち込みを仕切り、ランドと職人は汗を飛ばし
しかし実に楽しげにテンポよく大槌を振るって打ち込みを続けた。
躍動感溢れるそうした打ち込みと焼けた刃金から飛び散る火花。
それを間近で見ていたシェドは、次第に我慢できなくなり
打ち込みの音にあわせ三拍子のリズムで手足を舞わせ踊りだした。
周囲の職人たちはその様をみてどっと沸き、
騒ぎを聞きつけてさらに職人が集った。
工房中ほどの大きな炉の周囲にはこうして人だかりができ、
職人たちは野太い声で調子をとり手拍子や喝采で拍車をかけ、
辺りは次第にお祭り騒ぎとなっていった。
ランドや職人らはすっかり汗だくとなりつつも
ニタニタと笑顔で一心不乱の打ち込みを続け、
シェドの奇妙な踊りにも益々熱が入っていった。
「何だか凄いことになっていますが……」
すっかりお祭り騒ぎとなった工房中ほどの炉の側へと
遅まきながらやってきた3名のうち、
サイアスが申し訳なさそうにインクスを見上げた。
騒ぎの一因は、間違いなく自身の部下であると
明白に見て取れたからだった。しかしインクスは
「ふむ。俺も混ざりてぇくらいだな」
と目を細めクツクツと笑い肩を揺らしていた。
サイアスはどこか意外そうにインクスを眺め、
サイアスの意図を汲み取ったインクスは
「職人てのはな、騎士や軍師、兵士なんかとは
またちょっと違った種類の生き物なんじゃよ」
とサイアスの頭をその大きな掌でくしゃりと撫でた。
「そりゃあ確かに騎士団のためやら平原のためやら、
たいそうな御託もお題目もごまんとあるにゃぁあるが。
根っことしちゃぁ、俺らは単に好きで鍛冶をやっとるんじゃよ。
汗だくんなって鉄ぶっ叩いちゃあ火傷もしつつ、
それでもひたすらぶっ叩いてな、この世にただの一つしかない
自分だけの逸品をこさえてみせるのが楽しくて仕方ないんじゃ。
誰だって楽しけりゃ笑うし歌う。騒いで踊りもするじゃろ。
だから連中のアレは職人としちゃ真っ当なことなんじゃよ。
見てみぃ。どいつもこいつも心底良い笑顔じゃねぇか」
インクスはサイアスに頷き、ニマリと笑った。
確かにインクスのいうように、炉の周囲に集う職人たちは
皆、とても楽しそうな表情をしていた。野太い声でがなり、
笑い、囃し、励ましながら4人の男たちの有様を見守っていた。
成程そういうものか、とサイアスは納得し、自身もまた
笑みを浮かべて様子を窺うことにした。
サイアスら3名が到着した後、ややあって打ち込みは終了し、
どっと沸き起こる歓声の中で最後の仕上げが行われることとなった。
槍身全体が再び炉で熱され、細かい打ち込みで微調整が施された上で
全体に何かの液体が掛けられた。さらに紙か何かでぐるりと包み、
もう一度液体をかけてその周囲に藁や木片、木屑といった木に関わる
品々を積み重ねては張り付け包み込み、その状態で三度炉へとくべられた。
いまや工房内の殆どが興味津々で見守る中、炉の中で
自らを包むすべてを燃やし尽くし失わせた灼熱の槍身が引き出され、
慎重に、しかし一気呵成に細長い水槽に漬け込まれて
じゅじゅぅ、と水を焼き音を立てた。
槍に焼かれた水が湯気となって立ち上り、やがて霧散した中空へと、
焼き入れの済んだ生まれたての槍がその姿を表した。
「……ふむ。
なかなかの業物になった」
頭格の職人は急速に熱を失いゆくその槍を
たいそう満足げに眺めていた。
槍は今や銀の輝きを放つ螺旋の柄を持ち、燃え盛る炎、
あるいは天より零れた銀月の雫のごとき穂先を持っていた。
頭格の職人はランドやシェド、他の職人らと笑顔で頷きあい、
周囲から喝采の起こる中、ランドに向かって槍を差し出した。
「ランド。こいつはお前ぇが生み出した槍だ。
さぁ、名前を付けてやれ」




