サイアスの千日物語 四十七日目 その十八
シェドの怒りの乱舞による抱腹絶倒と
混迷の極みの最中、ランドは何やら戦慄した。
どうやら直感を得たようだった。
「うん、これは良いかも……!」
そう呟くや図面に一気に描き殴った何事かを
しきりに頷き眺めるランドに対し、
「ふむ、若いの。何か閃いたかね」
と、いまだ涙目の頭格の職人が問いただした。
「こういうのっていけますか?」
ランドは図面を差し出し裁可を仰いだ。
「ふむ? ……ふむ、ふむ。
軽量で細身なのを逆手にとった感じだな。
加工が一苦労だが、やってみる価値はある」
頭格の職人は一気に素面に戻ってそう言い、
脇から覗き込む職人たちも笑いの酩酊状態から
醒めた様子だった。
「あぁ、難度とか全く考えてなかったな……」
ランドはポリポリと頭を掻いたが
「ハハハ!
まぁ良いだろ。量産するわけじゃねぇしな。
よっしゃ、んじゃまずは素材の準備だな」
頭格の職人はカラリと笑ってそう言うと
近場の木箱から長方形をした金属片を取り出した。
「こいつは鉄のインゴット。
フェルモリアの特産品で既に結構な回数
鍛えてある上物だ。平原からはこの状態で届く。
親方なんかは大元の鉄鉱石から極上の鋼まで
あっつーまに自力で加工しちまうんだが、
まぁ、アレも人外の類だ。俺ら一般人は
無理せずここから始めるんだよ」
頭格の職人は太腿ほどの太さの特大な
そのインゴットを炉にくべた。
「まずはこいつを熱して打ち延ばし、
ランドの案に従い、細くて長い棒状にする。
こいつは流石にちぃと難儀な作業なんでな。
こっちでやっちまうから暫く見てろ」
職人は周囲で見守っていた数名の職人に声を掛け、
炉から取り出した真っ赤に焼けたインゴットを
猛烈に叩き上げ、打ち延ばしては整形し、を数度繰り返して
前言の通り、長さ1オッピを超えようかという
やたらと細長い鉄の棒を造りだした。
未だ冷め遣らぬその鉄棒は既に飛びきり長い槍程度の
長さであったが、一方で親指程度の太さしかなく、
自重で随分と撓っており、到底このままでは
武器足りえるとも思えなかった。
「さて、こっからは力仕事だぜ。
まだ熱を持ってるうちに一気に仕掛ける。
ランド。この木の棒をこの細長の鉄棒の
真ん中にあてがって押さえとけ」
頭格の職人に言われるまま、ランドは親指程の太さをした
腕ほどの長さの木の棒を細長い鉄棒の中心に直角にあてがい
押さえつけた。鉄の棒は未だ十分な熱を有しており、押し付けた
木の焦げる臭いがランドの鼻腔をくすぐった。
一方職人衆は手際よくランドの前後左右に分かれ、
ハンマーや金バサミを用いて鉄棒を折り曲げて
ランドの押さえつける棒の丸みを残して
綺麗にぴたりと重ねつけた。
「よっしゃ。このままもう一度焼く。
その後はランドの腕の見せ所だぜ」
折りたたんで重ねた細長い棒を再び炉にくべ、待つこと暫し。
職人はランドにごつい手袋を手渡してはめさせ、
炉から引っ張り出した細長い鉄棒の端の木の棒をつかませた。
「さぁて、それじゃいっちょ、捻って貰おうか。
俺らがきっちり支えといてやるから、慌てず確実にな。
ちょっとずつでも良いぞ。また焼けば良いだけだからな」
「はい。じゃあいきます……!」
ランドは意を決し、分厚い手袋越しにも熱気の伝わる
木の棒をしっかと握り締め、力を込め、しかし精密に
ゆっくりと右回りに捻った。熱されて柔らかくなった
2本に折り畳まれた細長い鉄の棒は、その動きに合わせて
どんどん捩れていき、やがて1本の螺旋状の棒となった。
「ほぅ、たいした膂力だ。
それに随分手際も良い。ほとんど修正不要だな」
頭格の職人は目を細めて感想を述べ、
半分の長さとなった鉄の棒を再び炉にくべた。
その後取り出した鉄の棒の柄に当たる部分を
適宜叩いて整形した後、
「さて、いよいよ相槌の出番だ。
穂先を打ち出すぜ」
と、ランドに向かってニヤリと笑んだ。




