サイアスの千日物語 四十七日目 その十五
「さぁてサイアス。
本来ならここでササっと真打登場、と
行きたいところなんじゃが、何分まだ下準備の途中でなぁ。
今は元になる鋼を鍛えとるとこだ。そういうわけでな、
いまんとこはまだ剣の形すらしとらんのよ」
インクスは、むぅ、と唸りつつそう言った。
「いえ、問題ありません。
どうかお気になさらないでください。
今日は八束の剣の顛末の報告と、打ち直しを
お願いできないものかと考えて参りました」
サイアスは小さく首を振ってそのように申し出た。
「打ち直し?」
インクスはサイアスの申し出に首を傾げ
「折れたのをくっつけろ、てことなら
そりゃ流石に無理ってもんだ」
と眉をひそめ首を振った。
「……そうなのですか?」
鍛冶に関してはまるで素人なサイアスは
小首を傾げてそう言った。
「おぅとも…… 折れた剣をそのまま繋いでも、
同じ場所からまたすぐ折れることになるからのぅ」
インクスは折れた八束の本体と切っ先、
そして破片を元の形に並べて置いた。
「ふぅーむ。
どうやらお前ぇも嫁っこも、繋げば直ると思ってたんか。
それでこんなにも丁寧に破片を集めてきたんじゃな……
そいつはこの剣にとっちゃあ、たいそう果報な話じゃが
剣てのは折れたが最期、小さい方は諦めて
残りを磨り上げるくらいしか手がねぇのよ。
そういうこったから、手元の方を短剣にするってぇならいける。
でなけりゃ全部溶かし砕いて一から打ち直しになっちまうから、
ちょいと元通りとは言えねぇなあ」
「何と……」
サイアスは自らの浅慮に表情を翳らせた。
「まぁ流石に素人のお前ぇが知らんのは無理もねぇ。
ほれ、ちぃと断面を覗いてみな」
サイアスとデネブはインクスに言われるままに
折れた八束の剣の断面を覗きこんだ。
断面には木の年輪か露頭した地層かといった
細かく複雑な縞模様があった。
「実は剣てのはな、
無垢な一枚板で出来てるんじゃあねえのよ。
上等な剣ほど何度も繰り返し折り返し練り返して、
無数の層を連ねて伸ばした織物みたいになっててな。
この鍛錬のお蔭で硬さとしなやかさを併せ持った、
いわゆる折れず曲がらずよく斬れる、ってぇ業物になる。
今回のコレも折れるってよりゃあ、千切れ砕けてるだろ?
これが上物特有の、硬度と強度と靱性の証なわけよ。
そんでな。そこまで鍛えた剣っつーのはとにかく限界まで
粘りに粘るが、一線を超えて折れちまうともうどうにも
修復はできねぇのよ。何故かっつーとな、たとえ表面だけ
繋げてみても内側の神経か繊維かっつーくらいに発達した
積層構造ゆえの強靭さまでは再構築できねぇんだ。
だから継ぎ目だけ極端に脆くなる。一箇所だけ脆いとこがあったら、
そりゃぁそこからすぐ折れる。硬ぇ眷属どもにぶつけりゃ一発だわ。
継ぎ目からものの見事に真っ二つじゃな」
インクスはボリボリと頭を掻きつつ説明してみせた。
サイアスは先刻のインクスよろしく
うぅむ、と唸りつつ腕組みして聞き入っていた。
「まぁそういう訳なんでな。繋ぎ直しってのは諦めてくれ。
磨り上げて短剣にするんならやってみるが、どうするかね?」
インクスはそう言うと八束の剣の長く残った本体から
少なくとも今後不要になる柄頭や鍔を外し、
柄巻を解いて生の状態に戻した。
「ふむ、もうひと手間加えてベリルとかいう
あの嬢ちゃんの剣にするのも良さそうじゃが」
インクスは拵えを取り払った八束の剣の本体を
熟練工特有の、未だ見えざる完成形を描き見出す
どこか遠い目で見据え、そう言った。
「成程…… そうですね。
では手元に残った長い方は
ベリル専用の剣に打ち直して頂けますか?」
「ほいきた!
間違いなく上物に仕上げとくぞ」
インクスは満足げに頷いてみせた。
「それで、切っ先と破片のことなのですが……
今鍛錬中の地鉄に混ぜて頂くことはできますか?」
サイアスは折れた八束の剣の切っ先を見やった。
炉の炎に照らし出され、時折淡く紫立って輝くその刃は、
まるで生きているような錯覚すら抱かせるものだった。
「ふぅむ…… 悪かねぇな。
この切っ先やら破片どもは、間違いなく魔力の籠った
最早鋼以上の何かだ。生きてる、と言っちまえれば楽じゃがな……
東方鍛冶は刀を鍛えるのに玉鋼ってのを使うが、
こいつはさしずめ魂鋼ってとこだ。
魔の魂を宿す憑代としちゃ、丁度いい具合に引き締まるだろう」
インクスはしたりとばかりに頷き、
不敵な笑みを浮かべていた。
「おー、インクス様。
やっぱり詩人ですね……」
サイアスはそんなインクスを眺め、
真顔でしきりに感心した。
「ばっ、ばか、よせや!
流石に歌姫にゃ言われたくねぇよ!」
インクスは照れつつも巨体を揺すって大笑いし、
釣られてサイアスやデネブも身体を揺らした。




