サイアスの千日物語 四十七日目 その十四
目的地は同じであっても、目的そのものはまるで異なる
サイアス小隊の男衆。職場体験希望なランドや
巻き込まれたシェド。軽い会話を楽しみつつ売り物を冷やかす
ラーズらと別れ、サイアスとデネブは工房の最奥、
特大の炉がある方へと放射状に拡がる小道を遡っていった。
「おぉサイアス。それにデネブちゃんか。
よぅきた! ゆっくりしてってくれ」
サイアスらが近付くと武器工房の長たる名工インクスは
巨躯の上で顔をくしゃりとさせて笑い、大手を振って
二人を招いた。そしてサイアスが口を開くより早く
「八束の剣が折れたとは聞いとるよ。
よぅ限界ギリギリまで使い切ってくれた。
試作剣としちゃ上出来も上出来だな」
と笑顔でサイアスへと大手を差しだした。
「既に御存知でしたか……」
サイアスはややバツが悪そうにそう言った。
「そりゃあな!
昨夜から今朝方にかけてな、オッピにローディス
ルジヌにベオルクてな錚々たる面々が
次から次へとやって来ちゃあ、口を揃えて
お前ぇの剣が折れたから一刻も早く何とかしろ
ってな具合に騒ぎ立てていったもんでなぁ」
インクスは肩を揺すって激しく苦笑した。
オッピドゥス同様巨人族の末裔と言われるインクスの
呵呵大笑する様は、まさに壮観というべきものであった。
またサイアスは自身のために城砦騎士団の幹部衆が
足労したことに、いたく恐縮し感謝していた。
「オッピとルジヌからはおおよその状況も聞いてるぞ。
大口手足の親玉が振りかざした腕を
一本は真っ二つにぶった斬り、
もう一本は強引に圧し折って胴体にまで斬り込んだんだって?
お前ぇもいよいよ人外の域だな。ファッハッハ!
並みの大口手足ですら、骨は鋼より硬ぇもんだ。
そいつの親玉となりゃ、特級の大黒柱みてぇなモンだろうよ。
そいつをぶった斬るとはなぁ……
俺ぁそこまでのシロモンに仕上げた覚えは無いんだがのぅ」
インクスは腕組みをしてサイアスを感嘆の眼差しで眺め、
「まぁともかく、折れた事は何も気にせんでえぇ。
武器ってのは使えば必ず壊れるモンだ。
天寿を全うしたってことだな」
と、申し訳なさそうな表情のサイアスに何度も頷き
「それにな……
お前ぇの親父に比べりゃ、
お前ぇは相当に物持ちがいい方だぞ。
ライナスのヤツぁ武器壊しの常習犯だったからなぁ。
俺の自慢の逸品を片っ端から持ち出しちゃぁぶっ壊して
『もっと頑丈に作れ』とぬかしおる。お蔭で随分と発奮
させられたもんよ。ファッハッハ!」
「はぁ、そうでしたか……」
サイアスは返答に窮し困じ果てた。
「まぁモノが残ってるなら是非見せてくれ。
大いに参考にさせて貰うとも」
「はい。こちらになります」
サイアスはインクスに鞘ごと八束の剣を差しだした。
インクスはふむ、と小さく呟くと剣を抜き、
切っ先から拳数個程下った位置で折れるというより
砕けたその剣身に目を光らせていた。
「切っ先と周辺の小片も回収しています」
サイアスは次いでニティヤが拾い集めてくれた
切っ先や破砕した小片の入った布包みを差しだした。
「おぉ。そりゃお手柄だ」
インクスは嬉しそうにそう言うと、
剣を台座に置き包みを受け取った。
「ニティヤの、妻のお蔭です」
「あぁ、あの魂焼きを乱食いしとった娘っこか?
大した嫁御だのぅ」
インクスは破顔して頷き、すぐ表情を引き締めて
包みを開き、切っ先と破片とを凝視した。
「ふぅむ……」
厳しく鋭い視線の先、
本来明るい銀色であったはずの切っ先には
薄く紫の翳が宿り、時折妖しく煌めいていた。
「色々考えさせられるのぅ……」
インクスは暫し沈思黙考し、
サイアスとデネブはインクスが再び口を開くのを待った。
「ふむ。こいつが折れた理由としちゃ
強度の限界を超えた衝撃の所以ってことで良さそうだ。
一方で、折れた切っ先の方にゃかなりの魔力の残滓が見られるぞ。
さんざ斬りまくった眷属の血が染みて、
もはや鋼以上の何かになっとるなぁ……」
「ほほー」
唸るように語るインクスを
見守るサイアスは小首を傾げた。
「仕組みとしちゃあ魔剣の誕生に通じるところがあるな。
魔と眷属じゃぁ格が大違いではあるが、
こいつはそっち系に育っっとった気がするぞ」
インクスは自身の語る一言一句を
反芻し吟味しているようだった。
「実は大口手足増し増しへと強撃を放った際、
馬の膂力をも借りて斬り落としたにも関わらず、
私の手には一切の反動が返ってきませんでした」
サイアスは身振り手振りを交え、
例の一撃を放った状況を説明した。
「ふぅーむ…… 何で空から斬り掛かれるんかは知らんが。
確かにお前ぇのほそっこい腕じゃ、相当傷んでしかるべきだ。
剣が自分の意志で力を貸したって話、俺ぁ信じるぞ。
なんせ既に2振り程、憑き物の親玉な魔剣がおるからな……
それにお前ぇの腰の刀、繚星だろう? そいつも確か曰くつきだったな。
ついでにその垂れモノ、何か怪しいぞ……
お前ぇ、そういうのに好かれる性質かもしれんなぁ」
インクスは繚星やユハをちら見しつつ
再びくしゃりと笑っていた。




